第3話ー⑤ 好きなこと
暁が教室に着くと、生徒たちは各々の席に着き、授業開始時間を待っていた。
「あ……」
教室内に先ほど食堂に来ていなかったキリヤの姿を見つけた暁は、ほっと胸を撫で下ろす。
頬杖を突き、やや不機嫌そうな顔で窓の方を見つめるキリヤ。
そしてそんなキリヤを見て、暁は小さく笑った。
俺に対してあまりよく思っていない様子のキリヤだけど、きちんと授業には出てくるところを見ると、根は真面目な性格なんだろうな――と思いながら。
そしてしばらくして授業開始のチャイムが鳴り、生徒たちは各々の学習を始めたのだった。
ここは能力者の為の保護施設とは言え、勉強はそれなりの内容のものを取り組んでいる。
しかし暁が黒板に向かって何かを書くわけでもないし、教科書を持って教鞭を執るわけでもなかった。
「それにしても、便利になったもんだよな。タブレットを使って勉強だなんてさ」
暁は黙々とタブレットに向かって学習をする生徒たちを見ながら、小さな声でそう呟いた。
この施設では生徒一人一人に専用のタブレット端末を与え、そのタブレットを使用し、個別の学習ノルマをこなしていくという方法をとっていた。
そのおかげか、せいかはわからないが、俺はこうして生徒たちを見守るだけなんだよな――
「まあ俺の知識よりも、AIの方が有能であることは間違いないけど。でもせっかく教師になったのにな……」
そう言ってため息を吐く暁。
いつかこうしていろんな仕事がAIに成り代わっていくのかな、とそんなことを思う暁だった。
それから数分後。
「あああ……ここの答えがわからないでござるよ……」
結衣がそう言って頭を抱えていた。
おっと、ここは俺の出番か?
暁はそう思いながら、結衣の席まで行って、そのタブレットを覗きこむ。
そこには複雑な数式が並んでおり、結衣の取り組んでいる教科が数学だと暁はすぐにわかった。
「えーっと……」
困った顔をしてそう呟く暁に、結衣は首を傾げた。
「先生、大丈夫です?」
「ちょ、ちょっと待ってろよ……えー」
『解答はルート3です』
AIは必死で答えを出そうとしている暁のことなどお構いなしに、無感情にそう言った。
「なるほど! そういうことでしたか!! いやはや、やはりAIくんは優秀ですな! あ、あと先生もありがとうございますです!」
結衣はそう言って、ニコッと笑った。
「お、おお」
なんだか、絶妙なタイミングでAIも答えてくれたな。少し悪意を感じるほどに――
それから暁はトボトボと教室にある自分の席へと戻って行った。
まさか教員になって、たった2日で俺の存在価値が否定されようとは。
そう思いながら、先ほどのAIの活躍を思い出し、通常の授業で自分は全く役にたたないんだという事を思い知った暁。
それから生徒たちはAIの力を借りながら、順調にノルマを進めていく。
「そういえば。この施設には独自のルールがあるんだったよな」
暁はそう呟いてから、昨日剛から聞いていたルールのことを思い返していた。
* * *
「いいか、先生。この施設には、とっておきのルールがあるんだぜ!」
夕食時、剛は自慢げに暁へそう告げた。
「とっておきのルール?」
「おう!」
それから剛は、そのとっておきのルールを懇切丁寧に暁へ伝えた。
授業の時間は午前が8時半から12時、午後が13時半から15時と決まっていることは知っていた暁だったが、時間より早めに当日のノルマを終えたら、静かに退室をするというルールは初耳だった。
「俺たちが来るよりも前のことらしいんだけどさ。ノルマを終えた生徒同士がわいわい話していて、まだノルマを終えていなかった生徒の一人がそれに怒って喧嘩に発展したんだとか」
それから当時の教師の提案で、ノルマを終えたら退室するというルールができたという事だった。
* * *
確かにがやがやした教室ほど、勉強が捗らない場所はないかもしれないな――とその独自ルールを聞かされた時に暁はそう思っていた。
まあそういうところでストレスになって、能力が暴走なんてしたら、笑えないよな――
そんなことを思い、誰にも見えないように窓の方を見て苦笑いをする暁。
それから時間が経過し、午後の授業も終盤に差し掛かっていた。
時間が気になった暁は、ふと教室にある時計に視線を向け、時計の針が14時45分を指していることを知る。
「残り15分か……」
暁はそう呟きながら教室を眺めると、そこにはまゆおと奏多の2人だけが残っていた。
まゆおは解いた問題を何度も確認する作業をしている為、時間がかかっているようだが、奏多は勉強なんてうわの空という感じで、全く手が進んでいないようだった。
「2人とも、あと15分くらいで今日の授業は終わりだからな? 今日のノルマ分はちゃんと終わらせろよー」
「ぼ、僕はもう、すこっ、しなので……」
自信なさげにそう答えるまゆお。
「ほう、どれどれ――」
それから暁は、まゆおの席に向かい、そのタブレットを覗き込む。
まゆおはあと1問ってところか――
「まゆおはもう少しだな! がんばれよ、俺はまゆおが最後までやり遂げるって信じているからな!」
暁が笑顔でそう言うと、
「あ、ありがとう、ござっいます……」
まゆおはそう言ってから、恥ずかしそうな顔をして勉強を再開した。
そして今度は奏多の元へと向かい、そのタブレットを覗き込む暁。
あれ、半分くらいしかできていないんじゃないか?
そう思った暁は不安げな表情をして、
「奏多、どうした? 体調でも悪いのか?」
とそう尋ねた。
「いえ、そういうわけではありません。今日はなんだか気が乗らないだけです」
奏多はボーっとした表情でそう答えた。
「いや。気が乗らないって――」
「今日できなかった分は、明日には必ず終わらせますので」
そう言って奏多は頬杖を突き、暁から視線をそらした。
「じ、んぐうじ、さんは、大丈夫。ほん、とは、頭、がいいから、今日の、分があっても、たぶんクラスの、中でも、早い、方に、終わっると思い、ます……」
「そうか……だったら問題ないな! ははは!」
そう言って笑う暁を見た奏多はきょとんとした顔をしていた。
教師としてはビシッというべきだったろうな――と暁は思いつつも、奏多の言葉を信じ、今回はこれで良いという事にした。
明日の奏多には苦労をかけるけど、今日の奏多がそれで良いというのなら俺が言う事もないだろうしな――
「まあでも。地頭が良いって羨ましいな! 俺もそれくらい頭が良ければ、勉強面でサポートできるんだがな!」
そう言って頭の後ろを掻いて笑う暁。
「……先生は生徒には甘いようですね。それじゃこの先、苦労しますよ」
奏多はため息交じりにそう言った。
「ははは……その助言、心に留めておくよ!」
「何なんですか、まったく――」
奏多はそう呟きながら頬杖をつき、暁から顔を背けたのだった。
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