第5話ー⑥ 夢

 ――暁の自室にて。


 暁は机にある個人のPCを開くと、さっそく報告書の作成を始めた。


 外出先で何を見て、何を感じたのか。食べたものや新しい発見など――暁はその全ての出来事をなるべく詳細に研究所へ報告することになっていた。


「これも研究に役立つ資料になるって聞いたけど、どういった時に活用されるのかをぜひ教えてほしいところだな」


 感じたことか……。今日はいろいろと発見があったからな――


 暁は腕を組んで眉間に皺を寄せながら「うーん」と唸る。


「感情を言語化してから、それを報告書用の文章にするって、なんだか恥ずかしいな」


 報告書というより、もはや日記に近い感覚かもしれない――


 暁はそんなことを思っていた。


 それから唸りながらも暁は報告書の作成を進める。


 ――数分後。


「なんか……俺ってここにいる生徒たちよりもこの施設に来た年齢は遅かったけど、それでも外の世界のことを何にも知らなかったんだな」


 報告書を作成しながら、暁は己の無知さを痛感していた。


「外の世界から遮断されていると、どんどん外の世界のことがわからなくなるものなんだな……」


 そう言って暁はため息を吐く。


 貧しい家庭で育ったこともあり、元々流行に敏感ではない暁だったが、それでもクラスで流行っていた事柄くらいは知っていた。


 しかし、能力に覚醒して保護施設に送られて以降は世間では何が流行っているかなんてわからなくなっていたのだった。


「井の中の蛙大海を知らず……とはこのことか」


 やっと俺は、大海の一部を知ることができたのかもしれない――


 そう思いながら、暁は嬉しそうに微笑んだ。


 それから暁は奏多と周った場所を思い出す。


 外の世界には俺の知らないことたくさんあったんだな――!


 暁はニヤニヤと思い出し笑いをしながら、そんなことを思う。


 今まで外の世界への憧れはなかった暁だったが、今回の東京観光を経て、もっと外の世界を知りたいと思うようになっていた。


 知らないことを知っていくってのは、なんだか楽しいな――


 それから暁ははっとして不安な表情をした。


 それは自分がどれだけ外の世界への憧れを抱いても、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』という存在がその憧れを実現させてくれないことを暁は察したからだった。


「俺は、一生このままなんだろうか……」


 そう呟き、暁は俯いた。


 俺は普通には生きられない。能力はなくならないし、きっと自由に外に出ることなんて叶わない願いなんだ――


 そう思いながら、大きなため息を吐く暁。


 それから首を横に振ると、


「いや。諦めるのはまだ早い。もしかしたら、急に能力がなくなる日がくるかもしれないし。それに能力持ちでも普通に外出できるようになる日が来るかもしれない!」


 そう言って拳を握る暁。そして、


「俺がここで諦めてしまったら、これから俺と同じようになった子供たちに希望を与えられなくなってしまうだろう!」


 暁はそう言って頷いた。


「初めから諦めることは意外と簡単なことだ。だったら、本当に諦めなくちゃいけなくなるまで、俺は俺のできることをやるだけだ!」


 これからどんな過酷な運命が待っていても、俺は立ち向かっていく。生徒たちと笑って過ごす未来のためにな――


 そして報告書を終えた暁は、また東京へ遊びに行く時のためにネットでガイドブックを購入したのだった。




 翌朝、暁はいつものように奏多のバイオリンの音色で目を覚ました。


 今日もいい音色だなと思いつつ、暁は朝の支度を始める。


 そして支度を終えた暁は、奏多に昨日のお礼を伝えるため、奏多のいる屋上へ向かった。


 暁が廊下を進んでいると、その途中でキリヤに出くわす。そしてその顔は相変わらず不機嫌そうだった。


「おはようキリヤ。今日も早いな」


 暁が笑顔でそう言うと、キリヤはいつものように何も言わず暁の前を去っていった。


「あはは。まあ、わかっていたけどさ……」


 暁はそんなことを呟きながら、肩を落とした。


 でもキリヤはこんな時間に何をしていたんだろう。もしかして、奏多のバイオリンを聞いていたりしてな――


「そんなわけないか! ははは」


 そして暁は奏多のいる屋上へ向かったのだった。



 * * *



「あいつ、本当にムカつく……」


 キリヤは暁とすれ違った後から、悶々とした気持ちで廊下を進んでいた。


 なんでこんな気持ちになるのだろう、そう思いながら足を止めずに自室に向かっていた。


 そもそも僕はあいつに対してひどい態度で接しているのに、あいつはいつだって変わらずに僕と関わろうとする――


「今までの大人たちはそんなことはなかったのに」


 それからキリヤはこれまでのことを思い出し、眉間に皺を寄せた。


 今まで出会った大人たちは僕の態度が悪いことを知ると、自分に従わせるためにいろんな嫌がらせをしてくる奴が多かった。罵声を浴びせてくる奴や、泣いて縋り付いてくる奴とか――


 キリヤは自分のことしか考えていない大人たちに呆れ、そして憤っていたのだった。


「でも、あいつは――」


 キリヤは普段の教室での振る舞いや、先ほどのように不機嫌な態度で接する自分にもずっと変わらずに仲良くなろうとする暁の姿ふと思い出す。


 それからキリヤは首を横に振ると、


「騙されるな、僕。きっと本性を隠しているに決まっている。大人は汚くて醜い生き物なんだから。あいつが他の大人と違うなんて、絶対にありえない」


 自分に言い聞かせるようにそう言った。


 でも。はじめは何か企んでいるんじゃないかって思うこともあったけれど、あいつはそんな素振りを一切見せていない。そう思うと、やっぱりあいつは他の大人とは違うのか――?


 キリヤは足を止め、そんなことを思った。


 いや、そんなことはない。僕たちは、大人たちに今までにたくさん傷つけられてきたんだ。だからそう簡単に信じるもんか――


 そう思いながら、両手の拳をぎゅっと握るキリヤ。


 あいつは政府の犬だ。急に裏切る可能性だってある。みんなを騙せても、僕だけは絶対に騙されないからな――


 そしてキリヤは自室へ戻って行ったのだった。


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