第5話ー⑤ 夢
――施設内、廊下にて。
「あれは……」
暁は自室に戻る途中、見覚えのある光景を目撃する――それは先日と同様に結衣が廊下で倒れているところだった。
もしかしてこの間と同じようにアニメ再現か――?
「はあ、まったく――おーい、結衣! 大丈夫か?」
暁は倒れている結衣を覗き込んで、そう声を掛けた。
「ううう……私はもうだめです、先生。私の分まで強く生きて……」
結衣は苦しそうな顔で、芝居がかった言い方をした。
そんな結衣を見た暁は、どうやら俺の読みは当たったみたいだな――と思いながら困った顔をして「ははっ」と笑う。
どうするかな。このままここでおいていくのはさすがに気が引けるし――
暁は少し悩んでから、このまま結衣に合わせることにした。
そしてここから先の展開を知らない暁は、結衣からの反応を待った。
すると、今回は暁が乗ってくれると踏んだようで、結衣はそっと小さなメモを暁に渡す。
「これを読めと?」
暁はそのメモに言葉が書かれていることを確認してから、結衣にそう尋ねると、倒れたまま結衣は小さく頷いたのだった。
「えっと――『まだ諦めるのは早いだろう。お前はまだまだやるべきことがあるはずだ』」
そんなまったく感情がこもっていない言葉を発する暁。
しかし結衣はそんな暁のことは構わず、演技を続ける。
「まだやるべきこと……そうだ。私にはまだ、やるべきことがあるんだ。こんなところで、倒れるわけには、いかない!」
結衣は立ち上がりながらそう言って、暁に真剣な顔を向けた。
「先生、私諦めません――だって、私にはまだまだやるべきことがあるってわかったから! 私はまだまだ戦い続けます――この世界を守るために!」
拳を強く握りしめ、決意表明をする結衣。
「『あ、ああ。俺もお前をしっかりサポートする。だから心配するな。お前は一人じゃない』」
真剣な結衣とは対照的に、再び感情のこもっていない言葉を発する暁。
そんな自分に、暁は何となく恥ずかしく思っていた。
「ありがとうございます、先生! ――はーい、カット! 先生、驚くほどの棒読みですな」
そう言ってやれやれと言った顔をする結衣。
そんな自分でもわかりきったことを面と向かって言われると傷つくな――
暁はそう思い、ため息を吐く。
そんな暁を見た結衣は、
「あああ! でもでも、それが逆にいい味になっていたかも!!」
なんとか暁を励まそうと必死にそう言った。
「ぐう……」
そのフォローがなんだか痛い――そう思う暁。
「――ところで結衣はこんな時間に、しかもこんなところで何をしていたんだ?」
それから何とか立ち直った暁は、結衣にそう尋ねた。
「ええ。今日も一日中アニメ鑑賞をしていたのですが、どうしても再現したい場面があって! 誰か通らないかなと倒れて待っていたのですよ!」
あははぁっと言って楽しそうに笑う結衣。
倒れて待っていたって……あのまま誰も通らなかったら、どうするつもりだったのだろうか――
呆れた顔をして、暁はそんなことを思っていた。
「――それにしても、結衣は本当にアニメが好きなんだな」
結衣がついさっき言っていたことをふと思い返して、暁はそう言った。
今日も一日中アニメ観賞だなんて、本気で好きじゃなきゃできないことだろうし――
「あはは、そうですね! 私はアニメにたくさん救われて、たくさん背中を押してもらっていますから。ただ好きってわけじゃなくて、私にとってアニメは人生そのものなんですよ!」
満面の笑みでそう答える結衣。
暁は、結衣の目も渋谷や秋葉原で見た人のように輝いていると感じると、嬉しくなって思わず微笑んでいたのだった。
「へえ、人生そのものか。……なんかそういうのっていいな!」
それから結衣はまっすぐに暁の顔を見つめると、
「実は私――ここを出たらアニメ業界に就職して働きたいと思っているんですよ。可能な限り、アニメのために私の人生を捧げたいなって」
いつになく真面目な声でそう言った。
そんな結衣を見た暁は、その瞳から思いの強さや未来を期待させるような輝きを感じていた。
「そうか――そういう夢があるのって、なんかいいな!」
暁は笑顔でそう答えた。
すると結衣は驚いた表情をして、
「先生は、私の夢を馬鹿にしないんですね」
と静かにそう言った。
そんな結衣を見て、以前食堂で話していた時も似たようなリアクションを見かけたなと思い出す暁。
その時も馬鹿にしないのかって言っていたけれど、それってどういう事なんだろう――
「馬鹿になんてするわけないだろう? そもそもなんで馬鹿にする必要があるんだ? 夢があるって、すごく素敵なことだと思うぞ!」
暁がそう言うと、結衣は微笑み、
「はわわ、ありがとうございます! これから自室に戻って、またアニメの続きを観てきますね! 先生、付き合ってくれてありがとうなのですよ~!」
そう言って嬉しそうに自室へ戻っていった。
「アニメもいいけど、明日の授業には遅れるなよ!!」
結衣は走りながら右手を振り、颯爽と去っていった。
「ははっ。結衣が楽しそうで何よりだ」
結衣が走っていった方を見ながら、暁はそう呟いた。
でも夢を語る結衣の瞳はとてもきれいだったな。あんな目を見せられたら、俺も頑張らないわけにはいかないよな――!
「さて。俺も自室に戻るか」
そうして暁は自室に戻っていったのだった。
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