第5話ー⑦ 夢
――教室にて。
この日もいつも通りに授業は進行し、終わった生徒から順番に教室を出て行っていた。
そして今日は、珍しく結衣といつものまゆおが最後まで残っていたのだった。
「まゆお、どうだ? 順調か?」
「……たぶん、順調です」
少しだけ自信なさげにそう言うまゆお。
なんだかこのやりとりも毎度恒例になってきたな――
そんなことを思いながら、優しい笑顔でまゆおを見つめる暁。
それから暁は結衣に視線を向けて、今度は心配そうな顔をした。
結衣が最後まで残っているなんて……もしかして、どこか具合でも悪いのだろうか――とそんな不安を抱く暁。
「結衣がこんな時間まで残っているのは珍しいな。もしかして、身体の調子が良くないのか?」
暁がそう尋ねると、
「あはは。昨日は夜更かししすぎて、寝不足なんですよね……ああ、眠くて捗らない――」
そう言って大きな欠伸をする結衣。
そういえば、昨日の夜にまたアニメを観るって言っていたっけ――
「なるほど。好きなものもほどほどにな」
やれやれと言った顔でそう言う暁。
「はあああい」
結衣はそんな欠伸交じりの返事をした。
「まったく」
でも、何事もなくてよかったよ――
そう思いながら、ほっとする暁だった。
――数分後。終業ベルが鳴る少し前に、結衣はこの日の学習ノルマを終えた。
「ふぃぃ。やっと終わったー!!」
結衣はそう言いながら机に突っ伏す。
いつもはまゆおが最後になることが多いが、この日のまゆおは結衣よりも先にノルマを終え、教室を出て行っていた。
「お疲れ、無事に終わってよかったな!」
暁はそう言いながら、結衣の席の傍まで行く。
「はぃ。正直無理かと思ってましたよぅ」
結衣は机に突っ伏したままそう言った。
「あはは! まあでも、今夜は早く寝るんだぞ?」
「善処します」
そこは素直に俺のお願いを聞いてほしいところなんだけどな――
そう思いながら、苦笑いをする暁。
まあ、それだけアニメを観たいと思っているのだろう――と暁は仕方なく思う。
「それにしても――寝る間も惜しんで観たくなるって、一体どんなアニメ何だ? 少しだけ気になるよ」
その言葉にぴくりと反応した結衣は、ふっと顔を上げ、目を輝かせながら暁に顔を近づけた。
「もしかして、もしかして! 先生もアニメに興味をお持ちで!?」
うわぁ、すごくキラキラした目で見てくる――
そう思いながら、少しだけ身を引く暁。
「え、いや。そういうわけじゃ――」
「実は今夜マリアちゃんと一緒に、アニメの上映会をしようと思っていたところなんです!」
結衣は鼻息を荒くしてそう言いながら、暁に詰め寄る。
あ、あれ。今夜は早く寝るんじゃ――?
「そうですか、そうですか。先生もアニメに興味があるというのなら、誘わないわけにはいかないですよね」
結衣はそう呟きながら、「うんうん」と頷く。
いや。だからアニメに興味があったわけでは――!
「でもさ。2人のほうがきっと楽しめるだろうし、俺はやめてお――」
「いやいやいや! 良い作品は大勢で観たほうが楽しいですし! ぜひ先生も! それに剛くんやいろはちゃんとかも誘う予定でしたので!!」
結衣は暁の言葉を遮って前のめりにそう言った。
そんな結衣に圧倒された暁は小さくため息を吐いて、
「わかったよ……」
そう言って頷いた。
それから結衣は、「準備があるので、これにてご免!」と言って、教室を出て行った。
「廊下は走るなよ~!」
「はーい! それじゃあ、夕食後にシアタールームですからね!」
そしていつの間にか結衣の姿は見えなくなっていた。
そんなこんなで、暁は夕食後に結衣主催のアニメ上映会に参加することになったのだった。
――施設3階、シアタールームにて。
通常時は滅多に使われないシアタールームだが、今回のアニメの上映会やちょっとしたステージを利用した催しものができるに用意された設備、という事を暁は夕食時に奏多からこっそりと教わっていた。
「この施設内には、俺の知らないことがたくさんあるんだな」
そう呟きながら、着いている席からシアタールームを見渡した。
「キリヤと真一は来ていないんだな」
これを機にキリヤと仲良くなれるかもなんて思っていたけれど、そんな甘くはないみたいだな――
ため息を吐きながらそんなことを思う暁。
それから結衣に2人について確認すると、「今回は見送られちゃいました!」と言って、結衣はぺろりと舌を出した。
断られたことをそんなに落ち込んでいないみたいでよかった――
暁がほっとしているうちに結衣はシアタールームのステージ上にあがり、
「さて、お集りの皆さん! 今日は本当にありがとうございます。皆さんがこんなにアニメに興味があるなんて……ううぅ……知りませんでしたよ……。今日はどうか存分に楽しんでいってください!!」
席に着く生徒たちに楽しそうにそう言った。
きっと自分の好きなものが多くの人に知ってもらえることが、きっと嬉しいんだろうな――
そう思いながら結衣の姿を見て、暁は微笑んだ。
「ちなみに本日上映するアニメは、『異世界召喚物語』です。この作品は異世界を舞台にした冒険の物語となっております! 私たちと年齢が変わらない主人公が突然、異世界へ召喚され、世界を救うことになり、成長していく物語です。どうぞ最後までお楽しみください」
結衣はそう言ってからステージを降りて、照明を落とす。
そしてシアタールームが暗くなると、アニメの上映会は始まったのだった。
そのアニメは中学生の主人公が異世界へ飛ばされ、その異世界で会ったヒロインともに世界を救う物語だった。
『私はアリス。この街の守り人をしていた』
『アリスか――かわいい名前だね! 僕はユウキ。君を助けるためにここへ来た――』
2人は、旅の途中で多くの仲間と出会いや別れを繰り返しながら、成長していく姿がとても繊細で、暁はいつの間にかその世界観に引き込まれていた。
『これが最後の戦いだ。この戦いが終われば、すべてが終わる。僕の役目も』
『無事に帰ったら、平和になった世界でずっと一緒にいよう。私は、ユウキとずっと一緒にいたい、いつまでも――』
物語終盤。主人公とヒロインが恋仲になり、最後は2人が結ばれると、誰もが信じて見守っていた。
しかし、物語はバッドエンドへと向かっていった。
『ごめん、アリス。僕はもう元の世界に戻らなくちゃならないみたいだ。役目を終えた僕は、もうここにはいられないんだって』
『そんなの嫌よ! 約束したじゃない!! 私はユウキとずっと一緒に――』
『僕がいると、今度は世界が崩壊する。だから異物は排除されなくちゃいけない。僕にちゃんと世界を救わせて、アリス』
『…………わかった』
それから主人公は元の世界へ戻り、2人の恋は実らずに終わるという、とても悲しい最後を迎えたのだった。
悲しい最後ではあったけれど、ここまで心に刺さる物語がこの世に存在していたなんて――
暁はそう思いながら、その物語に感じた胸に刺さった心地良い何かに浸っていた。
「それにしても、アニメのクオリティがここまでとはな」
アニメは小さな子供が見るものという偏見を振り払い、これは大人が観ても十分に満足できるものだ、と暁はそう思ったのだった。
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