第10話ー⑤ 人生の分かれ道

 ――S級保護施設にて。


 昼前に施設に到着した暁はゲートをくぐり、生徒たちのいる教室へ向かった。


 暁は廊下を歩きながら、生徒たちに剛のことをどう伝えたらいいのかを悩んでいた。


「真実を告げるか、それとも……はあ」


 その答えはでないまま、暁は教室の前についてしまう。


「……どうしたら」


 暁が教室の扉の前で思い悩んでいると、いきなりその扉が開く。


「センセー、おかえり!」


 そう言いながら、いろはが勢いよく教室から出てきた。


 暁はいろはの勢いに圧倒されて、少しだけ後ずさる。


「た、ただいま」


 そして暁はそれだけをいろはに伝え、俯きながら教室へ入っていった。


「え、う、うん……?」


 そんな暁を見たいろはは首を傾げ、教室に戻る。


「おかえり、先生」


 暁が教室に入ると、キリヤは笑顔でそう言った。


 そしてキリヤだけではなく、他の生徒たちも施設に戻って来た暁を温かく受け入れたのだった。


「ああ、ただいま」


 しかし暁はそんな生徒たちへ無気力にそう答えた。


 それから暁が教壇に立つと、


「それで先生。剛は、どうなったの?」


 キリヤは間髪入れず、暁にそう尋ねた。


 剛のことは最初に聞かれるだろうとなんとなくわかっていた暁は、真剣な顔をして尋ねるキリヤを見て、生徒たちへ真実を告げることにしたのだった。


「そのことなんだが。みんな、落ち着いて聞いてくれ」


 暁の言葉に息を飲む生徒たち。


「――剛は、もう目を覚まさないかもしれないそうだ」


 暁は俯きながら、生徒たちにそう告げた。


 みんなはどんな反応をするだろうか。ショックを受けるだろうか、それとも俺を責めるだろうか――


 暁は生徒たちの反応が怖くて、顔を上げることができなかった。


「――そっか。でも、目を覚ます可能性もあるんでしょ? そうだとしたら、剛はきっと目を覚ますよ」


 キリヤはそう言いながら、暁の顔を覗き込んで微笑んだ。


「その可能性はほとんどないって……」


 暁はキリヤの言葉を否定するようにそう言った。


 もう完全に心が壊れてしまったんだ。だから、そんな可能性はありえないんだよ――


「キリヤの時もそうだったけど、ちゃんと戻ってきた。だから、心配ない」


 マリアは不安を感じさせない、しっかりとした口調でそう言った。


 キリヤもマリアも、剛のことは心配していない……いや、信じているってことか――


 そして他の生徒たちも、剛なら大丈夫――と口を揃えてそう言っていた。


 生徒たちの声を聞いた暁は、顔を上げて生徒たちの顔を見た。


 そしてその顔は、不安なんて一切ない表情だという事を知る暁。


「みんな……」


 それから奏多は暁の横に立ち、優しい笑顔をすると、


「先生。私たちは笑顔で待つことにしたんです。剛が好きだって言ってくれた笑顔を守りたいから」


 そう告げた。


 自分の知らないところで、生徒たちが今回のことを自分たちなりにどう乗り越えるかを話し合っていたということを奏多から聞かされた暁。


「そう、だったんだな」


 それを聞いた暁は、心に何かモヤのようなものが掛かるのを感じていた。


 俺がいなくても、生徒たちはもう平気なのかもしれない……自分たちで考え、乗り越える力があるんだから――


 暁はそう思いながら、楽しそうに笑う生徒たちの姿を見つめた。


 そして、生徒たちが初めて会った時よりも、はるかに大きく成長していることに暁は気づいたのだった。


 それに比べて、俺はあの時から何も変わっていないのかもしれない――


「先生? どうかしました?」


 奏多はそう言ってボーっとしている暁の顔を覗き込む。


 はっとした暁は笑顔を作り、


「いや、なんでもないよ。じゃあ授業の続きをしよう」


 奏多にそう言った。


 奏多は首を傾げしながらも、自席に戻っていった。


 それから生徒たちは中断していたそれぞれの勉強を再開したのだった。




 ――その日の晩。夕食時になっても暁は食堂へ行かなかった。


 一度は食堂に行こうとはしつつも、生徒たちに会わせる顔がないと思い、暁は自室から出られなかったのだった。


 それから暁は自室のベッドで寝転び、自分の今後のことを考えていた。


「俺は、ここにいるべきじゃないのかもしれないな……」


 生徒たちを救うために俺はここへ来たはずなのに、救うどころか俺は生徒を傷つけてしまった。そして未来を奪ってしまったんだ――


 そう思いながら、苦しい表情をする暁。


 何度も何度も自分の過ちを責める暁。しかし、そんなことをしても剛が戻ってくるわけじゃないことくらいはわかっていた。


「俺はどうしたら……」


 暁はそんな終わらない自問自答を延々と繰り返すのだった。

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