第10話ー⑥ 人生の分かれ道
――食堂にて。
「あれ、先生来てないね」
キリヤは夕食時、いつもの席に暁が来ていないことに気が付き、正面に座っていた奏多にそう言った。
「そうなんです。もしかしたら、研究所の方と剛のことで連絡されているのか、あるいは……」
奏多は、何かを気にしているような表情をする。
「どうしたの?」
キリヤはそんな奏多に尋ねるが、
「いえ、何でも!」
奏多はそう言って、その胸中を話すことはなかった。
「そっか」
しかしキリヤは、奏多が何を考えているのかを少しくらいは察していた。
きっと奏多も研究所から戻ってきた先生の様子が少しおかしいことに気が付いているんだろうな――と。
表情が暗かったり、声に覇気がなかったり……明らかにいつもと様子が違うことはキリヤも見てわかっていた。
しかし、それはただ疲れているだけなのかもしれない――と思い、キリヤは暁の態度をあまり深読みしすぎないことにしていたのだった。
「じゃあ僕が、あとで先生の部屋にご飯を届けておくよ」
キリヤがそう言うと、奏多は一瞬だけ眉間に皺を寄せてから、
「お願いしますね」
そう言って微笑んだ。
きっと奏多が持っていこうとしていたんだろうな。でもこういうのは早い者勝ちだから、ね――?
それからキリヤは夕食を終え、暁の食事を用意してから職員室へと向かったのだった。
キリヤは1階の廊下を歩いていると、前方にある職員室に明かりがついてないことを知り、首を傾げた。
「あれ、先生はもう寝ちゃったのかな」
もしかして昨日は徹夜だったとか――?
それからキリヤはこっそり職員室に入り、その奥にある暁の自室へ向かった。
「部屋も真っ暗か。たぶん寝ているとは思うけど」
そう呟いてキリヤは暁の自室をノックする。しかし、やはり反応はなかった。
「先生? もう寝ちゃった?」
キリヤが扉越しにそう伝えると、
「キリヤか」
暁は静かな声でそう言った。
起きていたことに少し驚きながら、なぜ食堂に来なかったのだろうと疑問を抱くキリヤ。
そしてその声の覇気のなさに、キリヤは不安な表情をした。
「ねえ先生。大丈夫?」
「――ああ。大丈夫だよ。悪いな、心配かけて」
やっぱり、声に覇気がない――
「何かあるなら、聞くよ」
いつも助けられてばかりだと思っているキリヤは、少しでもいいから暁の役に立ちたいと思い、そう告げた。
「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。今日はもう放っておいてくれないか。……ごめんな」
覇気のない声でそう答える暁。
そして暁にそう言われたキリヤは肩を落とす。
先生は、僕の助けを必要としていないってことなんだね――
「うん、わかった。先生のご飯、職員室に置いておくから、お腹が空いたら食べてね」
キリヤは悲し気にそう言って、職員室を後にした。
「僕じゃ、先生の助けにはなれないか……」
職員室の外で壁にもたれかかりながら、キリヤはそう呟く。
先生は僕の命の恩人なのに、今の僕では先生の心は救えない――
「今の僕に、何ができる……」
キリヤはそれを考えながら、静かに天井を見つめた。
「――そうだ。僕じゃダメでも、もしかしたら!」
それからキリヤはとある場所へ向かったのだった。
* * *
――暁の自室にて。
キリヤが去った後、暁は自分の言ってしまった言葉に後悔をして、ベッドに座ったまま両手で顔を覆っていった。
「俺はキリヤの好意を踏みにじったんだな。信じるって言ったのに。俺は口だけのダメ教師だな……」
結局、俺は自分ことしか考えていないってことか――
生徒を救いたいという思いで、この施設に足を踏み入れたはずだった暁。
しかし自身の心の揺らぎで、ここまで脆くなってしまうことを今更思い知ることとなった。
俺も生徒たちのように成長しているかもしれないなんて、そんなの思い上がりだったんだな――
「俺自身が成長しないから、能力がいつまでたっても消失しないのかもしれない」
それから暁は両手を膝の上に下ろし、苦し気な表情をして、
「こんな自分、もう嫌だな……」
ぽつりとそう呟いたのだった。
すると突然、部屋にノック音が響いた。
その音を聞いた暁は顔を上げて、扉の方を見つめる。
キリヤが戻ってきたのかな――
「キリヤ、今日はもう――」
「私です! 入りますよ!!」
そう言って暁の言葉を聞かずに勢いよく扉を開け、その部屋に入っていく奏多。
「か、奏多!? なんで……」
困惑した表情で暁がそう言うと、
「キリヤから聞きましたよ! やっぱり様子がおかしかったんじゃないですか!! なんで私に相談してくれないんです!」
奏多は声を荒げながらそう言った。
「ちょ、ちょっと待って! 冷静になろう、奏多?」
暁はなんとか奏多をなだめようとするが、奏多はそんなことなんてお構いなしと言った感じで言葉を続ける。
「先生は勝手です! さんざん私たちを巻き込んでおいて、大事なことは何も言ってくれない!!」
勝手か。確かにそうかもしれないな――
そう思いながら、苦笑いをする暁。
「私もキリヤも先生の力になりたいのです! 私たちはみんな、先生に救われたんですから! 私はいつも先生からはもらってばかりで、こんな時くらいしか、何も返せないじゃないですか!」
まっすぐな瞳で暁にそう言う奏多。
奏多はそんなことを思ってくれていたのか――暁はそう思いながら、奏多を見つめる。
「辛いことは一人で抱えるのではなく、分け合った方がいいと思いませんか? それは誰かに分けられないものなんですか? そうではないのなら、先生の抱えているものを、私にも背負わせてくださいよ」
そう言って奏多は暁の前まで歩み寄る。
「――私だって、先生を救いたい。このままじゃ、先生がどこかへ行ってしまいそうで、私は怖いんです……先生はずっと私の好きな先生でいてほしい」
奏多は言い終えると、暁の胸に額をつけた。
その優しくて強さのある奏多の言葉に、暁は心が少しだけ軽くなるのを感じた。
「……そんなことを、思ってくれていたんだな。ありがとう奏多。嬉しいよ」
奏多は自分の想いを口にした。だったら、俺もそうじゃないとな――
そして暁は奏多に想いを打ち明けることにしたのだった。
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