第10話ー④ 人生の分かれ道

 研究所内にある剛の個室で、暁はベッドの前にある椅子に腰を掛けたまま、俯いていた。


 ここに来てどれくらいの時間が経っただろう――


 暁はそんなことを考えながら、眠り続ける剛を見つめていた。


「みんなになんて言ったらいいんだろうな」


 本当のことを伝えるべきか、それとも真実を隠すのか――


 暁はその問いの答えを探すが、いくら考えてもその答えは見つからない。


「剛……俺はどうしたらいいんだろうな」


 そして暁は眠っている剛にそう問いかけた。


 しかし剛はその問いに答えることはなく、たくさんの機械に繋がれたまま、寝息を立てて眠っていた。


 ただ眠っているだけに見えるのにな。剛がもう、その目を覚ますことはないなんて――


 暁はそう思いながら苦しそうな顔をして、剛を見つめていた。


「――ごめんな、剛。俺がもっとちゃんとしていたら」


 暁はそう言って、剛の手をぎゅっと握りしめた。


 お願いだ、剛。目を開けてくれ――


 それから部屋の扉が開いた音がして、暁がその方に視線を向けると、そこには心配そうな顔をする所長が立っていた。



「暁君。君は昨夜からずっと寝ていないだろう? これ以上無理をすれば、君だってどうなるかわからないんだ。だから今はゆっくり休んでくれ。彼に何かあれば、すぐに伝えるから――」


 何かあればって――!


 そして暁は勢いよく立ち上がった。


「何かって、何ですか! これ以上、剛に何があるっていうんですか!」


 暁は声を荒げながらそう言って、所長に詰め寄る。


「落ち着いてくれ。今のはそういう意味じゃない」


 所長は暁をなだめるようにそう答える。


 所長のその言葉に冷静になった暁は、頭を抱え剛のベッドに腰を掛ける。


「すみません。俺――」

「どうやら、相当疲れているみたいだね」


 所長の言う通りかもしれないな――と暁はそう思った。


「とりあえず、今は休め。隣に部屋を用意してあるから。そして休んだら、施設に戻りなさい」

「え、でも――」


 暁が顔を上げてそう言うと、所長は暁の顔をまっすぐに見つめ、


「剛君のことは私たちに任せてほしい。君は君にしかできないことがあるだろう? そのことを忘れないでくれよ」


 そう言ってから部屋を出て行った。


「俺にしか、できないこと……」


 暁はそう呟き、ゆっくりと剛の顔を見つめる。


 俺にしかできないことってなんだ? 俺にしかできないことなんて、そんなことあるはずが――


 所長に言われたことを暁は悶々と考え続けていた。


「一度休もう。目を覚ましたら、もしかしたら何かが変わっているかもしれないから――」


 それから暁は、所長が用意したと言う部屋で休むことにした。


 よっぽど疲れていたのか、ベッドに入ると暁はすぐに眠りに落ちたのだった。




 ――数時間後。


 暁はゆっくりと目を覚ました。


 太陽の光が目にかかっており、暁は目を覚ましてもすぐに視界がはっきりしなかった。


「ま、ぶしいな。それに――ここ、どこだっけ」


 暁はそう言って頭の位置をずらし、太陽の光から逃れると、そのまま天井を見つめた。

 

 この天井……ここは俺の部屋じゃないな。えっと、確か俺は――


 そしていつもと違う天井をしばらく眺めてから、暁はこれまでのことを思い出した。


「そうだ。俺は能力の暴走した剛と一緒に研究所に来ていたんだった」


 実は全部夢でした、とかそう言うオチならいいのに――


 暁はそんなことを思いつつ身体を起こすと、隣の部屋にいる剛の元へと向かった。


 もしかしたら、この数時間で目を覚ましているかもしれない――


 そんな期待を抱きながら、暁は剛が眠っている部屋の扉を開いた。


 しかし、状況は何も変わっていなかったのだった。


「そう、だよな」


 たくさんの管で機械に繋がれて眠る剛がそこにいた。


 暁はそんな剛の傍に行き、その顔をじっと見つめた。


「全部、夢だったなら……」


 それから暁は、剛が暴走する少し前に見た、夢のことを思い出した。



 黒い霧に追いかけられ、飲み込まれていく自分。


 そして、その時に感じた不安と恐怖――



 あの夢は、もしかしたら剛が感じていた気持ちがカタチになったものだったのでは――? 暁はふとそう思った。


 受験への不安と、どうなるかわからない未来への恐怖――それを想像し、その思いは憶測でしかないけれど、見た夢とその思いが共通することに暁は気が付いたのだった。


「俺って、ほんとにバカだな……今更、そんなことに気が付くなんて」


 だってそれは、剛を助けるチャンスが何度もあったってことだろう――?


 気が付かない方が俺にとっては幸せだったかもしれない――そんな考えが暁の頭を支配する。


「何考えているんだよ……帰ろう。もう、俺がここでやれることはないのだから――」


 そして暁は所長の言いつけを守り、施設へ戻っていったのだった。


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