第10話ー③ 人生の分かれ道
――翌朝。キリヤは奏多のバイオリンの音で目を覚ました。
「ああ、もうそんな時間か……」
そう呟いて、キリヤは身体を起こす。
いつもなら奏多の音よりも早く目覚めるキリヤだったが、昨夜の一件があり、この日はいつもより遅めの起床となった。
それからキリヤは、眠たい目を擦りながら着替えを済ませて、部屋を出た。
「全部、夢だったとかじゃないよね」
そう呟いて、キリヤは剛の部屋へ向かって歩いた。
「やっぱり、夢じゃない……」
部屋の前に着いたキリヤはそう呟いた。
剛の『炎』で焦げた床、そしてその『炎』を鎮火するために使ったキリヤの能力――『氷』の痕跡がいくつもあった。
その光景を見たキリヤは、昨夜の一件が真実だったことを改めて実感する。
「おはよう、キリヤ。これ、どうしたの」
キリヤが剛の部屋の前にいると、真一がやってきた。
真一が奏多の朝練の時間に起きているなんて珍しいな――
そう思いながら、真一を見つめるキリヤ。
「おはよう。今日はずいぶん早起きだね」
「昨日の爆発が気になっただけ。それで?」
「そっか」
何事にも無関心だと思っていた真一が昨夜の一件に関心を示すことを珍しく思うキリヤ。
もしかして、真一は何か察しているのか――?
それからキリヤは、真一に昨晩の出来事を伝えた。
「――そっか。剛が」
昨夜の出来事を聞いても、いつもと変わらない無関心な表情の真一。
真一は、剛のことなんてどうでもいいって思っているのか――
キリヤは無関心な表情の真一に対して、そんな不信感を覚える。
「ねえ。真一は剛のこと、心配じゃないの?」
キリヤが眉間に皺を寄せてそう問いかけると、真一は顔色一つ変えず、
「大丈夫でしょ。だってキリヤは帰ってきた。だから剛もね――じゃあ、僕はこれで」
そう言ってから自室へ戻っていった。
キリヤは真一の言ったその言葉に、驚いて目を見張った。
真一は剛のことをどうでもいいと言うよりは、剛ならこの程度のことで負けないと信じているのかもしれない、と思ったからだった。
まあ本当のところは、真一にしかわからないことなんだけどね――!
キリヤはそう思いながら、真一の部屋の方を見て笑った。
「そうか。じゃあ真一は、剛を信じて待つってことだよね」
それからキリヤは、自分が暴走した時のことを思い出し、もしかして真一は僕の時も同じ反応だったのかな――とそう思ったのだった。
真一の言う通りかもしれない。確かに剛のことは心配だけど……きっと、剛はこんなところで負けたりはしないよね! だから僕も剛を信じて待つよ。それに剛には先生だってついているんだから――!
「剛、僕たちは剛を信じて待っているからね」
そしてキリヤは自室に戻ったのだった。
――食堂にて。
食事を摂るために、S級施設の生徒たちは食堂に集まっていた。
「マリアちゃん、昨日の夜中のこと――何か知っておりますか?」
「私は、何も。それと先生と剛の姿が見えない。何かあったのかな……」
事実を知らないマリアと結衣は昨夜の爆発のことと、姿が見えない暁と剛のことを心配しているようだった。
そして奏多は昨夜のことについて何も触れないキリヤに何かを察し、キリヤへ怒涛の質問攻めをする。
「キリヤは何か知っているのではないですか? 先生と剛はどこにいるのです? それに昨晩の爆発は――?」
「わ、わかったから! ちょっと落ち着いてくれない??」
前のめりにくる奏多に恐怖に感じたキリヤは、あとから話そうと思っていた昨夜の出来事と今起こっている事をクラスメイトたちに伝えた。
『昨夜の爆発は剛の暴走が原因で、そして先生は剛の付き添いで研究所に行っている』
キリヤがそう告げると、そこにいるクラスメイトたちは呆然と佇んでいた。
混乱するよね、急にそんな事実を聞かされちゃったらさ――
キリヤはそう思いながら、クラスメイトたちを見つめた。
「暴走って……ねえ、なんで剛君が?」
いろはは困惑した顔でそう言った。
しかし、いろはの問いにキリヤはすぐ答えることができなかった。
それはキリヤ自身も、剛が暴走した理由がわからなかったからだった。
そうだよね。なんで剛は急に暴走なんて……昨日の夕食の時はいつも通りだったはずなのに――
キリヤはそう思いながら拳を握る。
そして食堂にいるほとんどの生徒たちが剛が暴走したことに困惑し、口を閉ざしていた。
すると、まゆおがゆっくりとクラスメイトたちの顔を見て、
「剛君は、教師を目指していたんだ。だから大学受験の為にちょっと頑張りすぎたんだと思う。それがきっと原因なんじゃないかな」
重い口調でそう言った。
それを聞いたキリヤは、はっとした顔をする。
「そういうこと、だったんだ……」
そういえば最近、剛は熱心に遅くまで勉強をしていたっけ――
キリヤは、剛が遅い時間まで食堂でタブレットを使って勉強していたところを目撃していた。
食堂でやっていた理由は、きっと自室だと誘惑が多くて集中できなかったからなんだろうな、とキリヤはふとそんなことを思った。
あの時、何か相談に乗ってあげられたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに――
キリヤはそう思いながら、悔しさで唇を噛んだ。
「そうだったの!? アタシ、そんなこと全然気が付かなかった。毎日、一緒にいたはずなのに」
そう言って肩を落とすいろは。
「それは僕も同じだよ。きっとここにいるみんなが同じことを思っている」
キリヤがそう言ってクラスメイトたちの顔を見ると、生徒たちは悲し気な顔をして俯いた。
「私たちはずっとそばにいたのに、何にもしてあげられなかったんですな」
結衣のその言葉に、そこにいる全員が沈黙した。
そして、その沈黙を打ち破ったのは――まゆおの言葉だった。
「剛君はみんなに何かしてほしかったわけじゃないと思う。いつも通りの毎日をとても大事にしていたから。だから、剛君は今のこの状況を望んでないって思うんだ。みんなが悲しむ姿はきっと嫌だって思う人だもの」
まゆおはクラスメイトたちに訴えるようにそう言ってから笑った。
「まゆおは、なんでそんなことがわかるの……」
いろはは悲しそうな顔でまゆおに問う。
するとまゆおは何かを思い出したような顔をして、
「剛君が言っていたんだ。昨日の夜、食堂で会ったときに。みんなの笑顔が、自分にとってかけがえのないものなんだって。だからその笑顔をいつまでも大切にしたいって」
クラスメイトたちの方を見ながらそう言った。
「そっか。剛君が、そんなことをね……」
まゆおの言葉を聞いたいろはは、辛そうな顔をしながらもそう言って微笑んでいた。
「自分のせいでみんなが悲しい顔をしているなんて知ったら、きっと剛君も悲しむんじゃないかな……だから笑おう。それにきっと剛君は帰ってくる! みんなで剛君を信じて待とうよ!」
まゆおがそう言うと、
「あはは。まゆおの言う通りかもね。アタシらが信じなくてどーすんのって感じ! よし、暗い顔はなしなし! アタシたちはいつも通りに過ごそう!」
いろははそう言って笑った。
そして他の生徒たちも頷き、いつものように朝食を摂り始めたのだった。
先生がいないなら、僕がしっかりしなくちゃって――僕は勝手にそう思い込んでいたのかもしれない。だから、まゆおがいてくれて助かったよ――
そう思いながら、キリヤは食事を始めるクラスメイト達を見つめた。
いつも通りに食事を始めるクラスメイト達を見たキリヤは、ほっと胸を撫で下ろす。
僕一人じゃ、みんなの不安は取り除けなかっただろうな――
キリヤがそんなことを思っていると、
「リーダーの座も怪しくなってきましたね」
奏多は意地悪そうな顔でキリヤにそう告げた。
「リーダーの座なんて――でも、まゆおならこのクラスを良い方向に導いていけそうだね」
キリヤは奏多にそう告げて、食べ物の並ぶカウンターに向かったのだった。
きっと剛なら大丈夫。僕は剛を信じているよ。先生が僕を信じてくれたみたいに――
キリヤはそう思いながら、いつものように朝食を摂り始める。
そして、暁と剛のいない施設の1日が始まったのだった。
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