第11話ー② 旅立ち

 暁が施設に戻ると、ちょうど昼食の時間だったため、暁は職員室には戻らず、そのまま食堂へ向かった。


 そして暁が食堂に着くと、生徒たちはそれぞれで食事を楽しんでいた。


「今日もいつも通りだな」


 そんなことを呟きながら、暁は食堂内をぐるりと見つめる。


 それから食堂の入り口で佇む暁を見つけたいろはは、暁に駆け寄ってきた。


「センセー、おかえりー! 剛君の様子はどうだった?」


 いろはは期待を込めた眼差しで暁にそう問いかける。


 そして暁は先ほど見てきた剛の顔を思い浮かべ、


「ただいま。相変わらずだったかな。でも顔色は良さそうだったぞ!」


 いろはにそう答えた。


「そっか……」


 その言葉を聞いたいろはは、少し心配そうな表情をした。それからすぐに首を横に振ると、ニコッと微笑む。


「きっともうすぐ目を覚ますよね! アタシらが信じなくちゃだもんね!」


 いろははそう言ってから、自分の食事の置いてあるテーブルに戻り、食事を再開した。


 いろはもちゃんと剛の事を信じて待っているんだな。生徒同士の見えない絆ってやつできっと繋がっているんだろう――

 

 そんなことを思い、暁は小さく微笑んだのだった。


 それから暁がどこで座ろうかと食堂内を見つめていると、


「先生、こっちで一緒に食べよう」


 マリアはそう言って微笑みながら、暁の目の前に現れた。


「ああ。わかった」


 暁が笑いながらマリアにそう返すと、マリアはそんな暁の右手を掴み、席へと誘導する。


 なんだか迷子センターに連れていかれる子供の気分だ――


 そんなことを思いつつ、暁はマリアに手を引かれ、そして結衣が座っている席の隣に座らせられた。


「じゃあ先生が好きなから揚げ、取ってくるですよ!」


 暁が席に着くのと入れ替わるように、結衣は食べ物を取りに立ち上がる。


「ありがとな、結衣!」


 それから食事を始めた暁の席の周りには、生徒たちが集まっていた。


 そして楽しそうに話しかけてくれる生徒たちの姿を見て、暁はとても幸せな気持ちになっていた。


 教師を辞めた方がいいんじゃないかって、あの時は本気で悩んだんだよな――


 先日の剛の一件で、このクラスの生徒たちにはもう自分なんて必要ないんじゃないか――と思い、暁は教師であることを辞めようと考えていた。


 しかし、奏多の言葉で、暁はその考えを変えた。


 必要かどうかなんて考えなくっていい――今の自分ができる精一杯のことをしよう、と思うようになったのだった。


 俺は生徒たちと過ごすこの時間を大事にしたい。一緒に過ごすこの時間が、俺にとってはかけがえのないもので、俺の幸せなんだからな――


 暁はそんなことを思い、自然と微笑んでいた。


「先生、なんだか嬉しそうだね?」


 そんな暁の顔を見て、キリヤがニヤニヤと笑いながらそう言った。


「はは、そうだな。みんなと今を過ごせて、俺は幸せだからな」


 暁のその言葉を聞き、その場にいる生徒は嬉しそうに笑った。


 本当は剛もここにいてくれたら――とふとそう思う暁。


 それから剛の眠る顔を頭に浮かべ、あいつは今自分と戦っているんだよな――と辛そうな顔をしてそう思っていた。


 だから剛が戻って来るまで、あいつが好きだって言ってくれた場所であるように、俺はここを守っていくだけだ――


 それから暁は微笑むと、


「ほら、昼休憩なくなるぞ? ご飯を食べたら、午後の授業があるんだからな!」


 生徒たちにそう告げた。


 それから昼食を済ませた暁たちは、午後の授業を始めたのだった。




 ――授業後。教室にはまゆおと暁だけが残っていた。


 学習ノルマを終えたまゆおは、机上の片づけをしていた。


 そんなまゆおを見ながら、暁はキリヤから聞いたことを思い出す。


『まゆおがみんなに言ってくれたんだよ! 剛を信じて待とうってね』


 それでみんなの心が動いたんだって、キリヤは感心していたな――


 いつも怯えるようにしていたまゆおが、生徒たちにそう言うなんて――暁はそう思いながら、嬉しそうに一人頷く。


「えっと、先生? どうしたんですか?」


 そう言って怪訝そうな顔で暁を見つめるまゆお。


「ああ、えっとな。最近、まゆおは変わったなって思っていたんだ」


 暁がそう言うと、まゆおは困ったような顔をして、


「そ、そうでしょうか……自分ではわかりません」


 そう言って俯いた。


「まあ、自分の変化には自分が一番疎いものさ。まゆおの言葉とか行動とか、俺が初めて会った時よりも良い方向に変わっていると思うぞ」


 暁はニッと笑いながらそう言った。


 しかしまゆおは何も言わないまま俯いていた。


 暁はそれでも話を続けた。


「俺が剛のことで研究所にいるときに、まゆおの一言がみんなの不安を取り除いたって聞いたんだ」

「ぼ、僕なんて、そんな……」


 慌てながらそう言うまゆお。


 何を謙遜しているんだろうな――


 そう思いながら、暁はクスクスと笑う。

 

「ありがとな、まゆお。助かったよ」


 それからまゆおはゆっくりと顔を上げた。


 そんな真っ赤になったまゆおの顔を見て、まゆおが恥ずかしがっていたことを知る暁。


 それからまゆおは照れ臭そうに笑いながら頬を掻くと、


「先生やいろはちゃんのおかげ、ですかね。僕の方こそ、ありがとうございます。先生、これからもよろしくお願いします!」


 そう言って急ぎ足で教室を出て行った。


「まゆお、嬉しそうだったな」


 それにしても、まゆおは本当に明るくなったな。「ありがとう」って、あんなに素直に言えるようになったんだから――


 そんなまゆおの成長に暁は嬉しく思いつつ、荷物を手に持った。


「さて、俺も職員室に戻るかな」


 そして暁は教室を後にしたのだった。

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