第11話ー③ 旅立ち

「もうすぐ1年か」


 暁は職員室に戻る途中、窓からの見えるグラウンドを眺め、そんなことを呟いた。


 ここへ来てからの1年は、本当にいろんなことがあったな。初めは生徒たちともうまくいかないことが多かったし、キリヤにはかなり嫌われていたっけ――


「そういえば、初日に追いかけっこをしたな。あの時はみんな俺のことを敵視していて、ハラハラしながら逃げ回っていたな」


 暁はしみじみと思いながら、そう呟く。


 それから暁はその後にあったレクリエーションのことも思い出していた。


 サプライズで誕生日のお祝いがあったり、アニメの鑑賞会があったり。奏多の演奏会もしたな――


「奏多は留学、か……」


 暁はふと奏多の顔を思い浮かべ、さみしさを感じていた。


 今思えば、あの演奏会の準備の時から奏多と過ごす時間が増えたな――


 そう思いながら、暁はいつも隣にいた奏多の笑顔を思い出す。


 何かあると、奏多はいつも俺のそばにいてくれた。それが俺にとってどれだけありがたいことだったか――


「俺って本当、奏多に頼ってばかりだな」


 そう呟いて、暁は小さく笑う。


 でもこれからはそれがなくなるんだよな――


 そう思い、暁は悲し気な表情をする。


「それは、少し嫌だな」


 ふいに言った自分の言葉に、はっとする暁。


「俺、今……」


 こんなこと言っても仕方がないのに――と暁はそんなわかりきったことを思い、俯いた。


 本当はずっとそばにいてくれたらと思う暁だったが、それは自分のわがままでしかないという事もわかっていた。


 俺と奏多は教師と生徒。それ以上の関係を望むことは許されない。それはわかっていることだけど、でも――


「俺は奏多のこと……」


 暁はそれ以上のことを口にはできなかった。


 そして暁は窓の外を見つめ、考えを巡らせる。


「今の俺が奏多にしてあげられることって何だろう」


 そしてぼーっと外を眺めていると、


「こんなところで何をしているのですか、先生?」


 そう声を掛けられ、暁はゆっくりと振り返った。


 すると、そこにはいつもと変わらない顔で微笑みかける奏多の姿があった。


「奏多か。あはは、実はな。もうすぐ卒業する奏多に何かできないかなって考えていてさ――って本人に相談してもだよな!」


 暁は頭の後ろを掻きながらそう言って笑った。


「うふふ。いいですよ。私のために考えてくださって、ありがとうございます」


 そう言って嬉しそうに笑う奏多。


 そんな奏多の笑顔を見た暁は、心が温かくなるのを感じていた。


 でもまさか、奏多のことを考えているときに、奏多に会えるなんてな――


 暁がそう思っていると、奏多は顎に指を添えて考えるしぐさをしていた。


「先生が私にできること……そうです!」

「え?」

「えっとですね――」


 それから奏多は、思いついた案を暁の耳元でそっと伝える。


 奏多の女の子らしい優しい香りに暁は少しドキッとしつつ、奏多の提案に耳を傾けた。


「おお、それはいいな! やろう!!」

「うふふ。今から楽しみですね!」


 みんながこれから進んでいく未来への希望とこれまでの感謝の気持ちを込めて、演奏会をしたい――それが奏多の提案だった。


「じゃあさっそく打ち合わせをしよう! 職員室でいいか?」

「ええ、もちろんです」


 そして暁は奏多と職員室へ向かったのだった。




 ――職員室にて。


 暁と奏多は演奏会に向け、準備を始めていた。


 衣装やどんな選曲、それから会場等の確認――確認と言っても開催場所はこの施設内だったため、暁が確認することはほとんどなかった。


 俺はただ、奏多ともう少し長くいたいとそう思っただけなのかもしれない。今後はこうやって一緒に何かをすることは、もうなくなるのだから――


 暁は隣で楽しそうに話す奏多を見て、そんなことを思っていた。


 そんな暁の顔を見た奏多は、


「先生? どうかされたんですか? 具合でも悪いのですか?」


 心配そうにした顔を近づけて、覗き込むように暁にそう言った。


 ちょっと顔が近いかな!? でも、ちゃんと見ると、奏多もマリアに負けないくらい綺麗な顔をしているよな――


「先生?」

「――ああ、ごめん。至って健康だよ。なんだかな、もうすぐ奏多とはこういう時間が無くなるって思うとさみしくてさ」


 暁はそう言って悲し気な表情をしながら笑った。


「もしかして――私にずっとここにいてほしいって思っています?」


 いつもの意地悪な顔で奏多は言った。


「そう、かもな。たぶんずっと奏多には傍にいてほしいと思っているよ。でも世界で活躍する奏多もみたいとも思うんだ」


 俺のわがままを押し付けるわけにはいかないからな。それと奏多の音で、世界中の人たちを幸せにしてほしいと俺は思っているから――


 それから奏多は暁の傍に寄り、そっとその背中に手を回した。


「離れていても、気持ちはいつも先生の傍にいますよ。私は先生のことをこんなに大好きなんですから」


 奏多の言葉から、そのまっすぐな想いを感じ取っていた暁。


「ああ。ありがとな、奏多」


 暁は奏多のその想いに応えるように、そっと奏多を抱きしめたのだった。


 俺と奏多は教師と生徒だ。だからそれ以上の関係は求めちゃいけないことはわかっている。でも、今は少しだけなら――


 それから恥ずかしそうに暁は奏多から離れ、2人は少し照れながら笑いあうと、準備を再開したのだった。




 ――数日後。暁は奏多の演奏会の準備を進めつつ、普段通りの生活もこなしていた。


 夕食後、暁は報告書の送信を終えて自室でくつろいでいると、キリヤがやってきた。


 いつものように観葉植物の手入れをしながら、雑談をするキリヤ。


 そして暁はキリヤと話していくうちに、なぜか話題が奏多のことになっていたのだった。


「で、結局どうなの? 付き合うことになったの? 最近、2人でこそこそ何かしているよね?? ね!!」


 キリヤはそう言って前のめりに暁に尋ねた。


「そういうわけでもないんだが……ま、まあ2人で何か企画しているのはほんとだよ。それで俺と奏多の関係が何かってわけではないから!!」

「ふーん。そっか。何もない、ね――」


 キリヤは怪しむような視線を向けて暁にそう言った。


「な、なんでそんな目をするんだよ!!」

「いや、別に……」


 そう言って視線を逸らすキリヤ。

 

 何か知っていそうだな。でも、話すつもりはないんだろうな――


 そう思いながら暁はため息を吐くと、


「とにかく! 楽しみにしていてくれ! もうすぐわかるから!」


 キリヤに投げやりにそう言った。


「わかった。……ちなみにだけど。奏多が卒業したら、もう生徒と教師の関係じゃないんだし、好きにしたらいいと僕は思っているから」


 キリヤは淡々とそう言った。


「だから――」

「じゃあ、おやすみ」


 そう言ってキリヤは自室へ戻っていった。


 キリヤは奏多のことが好きのはずなのに、いいのだろうか。さっきのはまるで応援しているような言い方だったけど――


 そんなことを思いつつ、暁はベッドに寝転んだのだった。


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