第83話ー② 過去

 神社の境内にて――


 ミケと水蓮は楽しそうに追いかけっこをしており、暁はその様子を静かに見守っていた。すると、


「ああ、三谷さん。こんなところにいたんですか」


 そう言いながら神主は暁の前に現れる。


「すみません。もしかして探していましたか?」

「そういうわけじゃないですよ。ただ楽しそうな声が聞こえたものでね」


 そう言って微笑む神主。


「あはは、騒がしくてすみません」

「いいえ。そういえば、あの子は――?」


 神主はそう言って水蓮の方に視線を向けると、暁も水蓮たちの方を見る。


「え、ああ。水蓮ですか?」

「あの子は、水蓮と言うのですね」


 微笑みながら、そう呟く神主。


 もしかして、俺の子供だと勘違いされている――?


「はい……水蓮は俺のところで面倒を見ている子で、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力者なんです」

「へえ。ちなみにどんな能力を?」


 興味深そうに神主は暁にそう尋ねた。


「『石化』……ですね。でも、それがどうかしたんですか」

「いえ、知り合いに似ていたものですから」


 そう言って懐かしそうに水蓮を見つめる神主。


「知り合い?」

「ええ、稜也と一緒にここで暮らしていた少女のことです。水蓮ちゃんにとてもよく似た少女で、彼女も『石化』の能力があった子でした」

「へえ」


 この世界で同じ能力が同時に覚醒することはないと聞いたことがある。それじゃ、神主さんの言っている少女は、もう能力がなくなって普通に暮らしているんだろうな――


「その人はどうなったんです?」

「何年か前に結婚して子供を身籠ったという連絡があってからは、しばらく連絡を取っていなくてね。もし生まれていたら、ちょうど水蓮ちゃんくらいだろうか」


 寂しそうにそう呟く神主。


 きっと、その子ともまた会いたいと思っているんだろうな――


「そうですか。その人にもいつかまたお会いできるといいですね」

「ええ」


 そう言って優しく微笑む神主。


「先生~! ミケさんが!!」

「お、どうした!? ちょっとすみません!」

「はい」


 それから駆け寄る暁。


 そしてその日はにぎやかに楽しく過ごす暁たちだった。




 ――翌日。


 朝食を終えた暁たちの元に神主が顔を出していた。


「今日の昼には発つんだったよね」

「はい」

「また、寂しくなるね」


 寂し気な顔でそう言う神主。


 昨夜は暁やキリヤたちも神主の一家と共に食卓を囲み、とても賑やかに過ごしていたのだった。


「また遊びに来ますよ! ね、先生?」

「そうだな!!」


 暁とキリヤは笑顔でそう告げる。


「ありがとう。じゃあ時間までゆっくりしてな」

「はい!!」


 そして神主は客間を出て行った。


「じゃあ、俺は少し散歩してくるよ。水蓮も行くか?」


 暁が水蓮にそう言うと、水蓮は立ち上がり、


「行く~! ミケさんも、お散歩しよ!」


 ミケを抱きかかえてそう言った。


「じゃあ、ごゆっくりな!」

「キリヤ君、ごゆっくりね!」

「にゃーん」


 暁たちはキリヤと優香を見てそう言いながら、ニヤニヤと笑う。


「僕って、水蓮とミケさんにまでそんな扱い受けてるの!?」

「うふふ……」


 キリヤの隣で肩を揺らしながら、優香は笑う。


「スイは、気を遣える小学1年生ですから! そう、大人ですから!!」


 水蓮は得意げな顔でそう言った。


 水蓮の中で、小学生はもう大人なんだな――


 そんなことを思いながら、暁は得意満面な水蓮を見つめる。


「――じゃあ行こうか、水蓮!」

「はーい」


 それから暁たちは客間を後にしたのだった。




 神社の境内にて――


 暁は境内に見覚えのある男性の姿を見つけた。


「あれは……」


 暁がそう呟くと、その気配に気が付いたのかそこにいた男性はゆっくりと暁の方を向く。


「やあ、久しぶり」

篤志あつし、さん……」

「こんなところで会うなんて、偶然だね」

「そうですね。でもなぜここへ?」


『アンチドーテ』の活動か何かなんだろうか――


 そう思いながら、暁は篤志を見遣る。


「いや。久しぶりにここへ来てみたいと思ったからさ。あ……」


 そして篤志は水蓮の前にやってきて、


「君も久しぶりだね。随分若返ったようだけど、元気にしていたかな?」


 水蓮の目線に合わせてそう言った。


「え? スイ、おじさんのことなんて知らないよー?」

「……ああ、そうか。君はスミレではないのか。似ていたから、ついね」


 神主さんも水蓮を見て、似たようなことを言っていたな――


「おじさん、ママのこと知ってるの?」

「ママ……?」


 首を傾げる篤志。


「うん! スミレってママの名前だよ」


 水蓮はそう言って微笑んだ。


 じゃあ、ここにいたもう一人の子供は水蓮の母親で、最後の1stだってことか――


「そうだったんだな。ママは元気にしているかい?」


 篤志は水蓮に笑顔でそう問いかける。しかしその問いに水蓮の表情が曇り、


「ママはもう……死んじゃったの」


 ポツンと呟いた。


 そんな水蓮を見た篤志は何かを察したのか、それ以上のことを水蓮に問うことはなかった。


 水蓮の母親のことは気になるけれど、水蓮の前ですることはない話か――


 そう思った暁は、水蓮の方を見ると、


「じゃあ水蓮はあっちでミケさんと遊んでいてくれるか? 俺はこのおじさんとお話したいことがあるからさ!」


 笑顔でそう言った。


「わ、わかった。ミケさん、行こう!」


 それから水蓮は笑顔を作り、ミケを連れて遊びに行った。


「篤志さん、すみません。それでさっきのことですが――」

「あの子の能力でスミレが亡くなったということだろう。だいたい察しはつくさ」


 悲し気な表情でそう言う篤志。


「そうですか……あの、篤志さんとそのスミレさんとのご関係って?」

「――私もここで一緒に暮らしていたからね。スミレと稜也と」


 やっぱり篤志さんも稜也さんのことを知っていたのか――


 それから暁はミケの方を見て、


「その稜也さんですけど、今水蓮と遊んでいる三毛猫なんですよ」


 そう言った。


「……そうか。やっぱり稜也は猫になってしまったんだね」

「わかっていたんですか?」

「いや、でも能力が暴走したことがあったから、もしかしたらとは思っていて。……君は大丈夫かい?」


 篤志はそう言って暁の方を見た。


「俺は『無効化』があるので」


 それから暁は、篤志の元にいる自分と同じような『ゼンシンノウリョクシャ』の弟、かけるの顔を思い出す。


「俺の事より、翔はどうなんですか? まさか翔も暴走した過去があるとか――」

「それは大丈夫。私の知る限り、そういうことはなかったよ。それに、もし翔が蛇になってしまっても、私の傍にずっといてもらうさ。翔は、私の息子だからね」


 そう言って微笑む篤志。


「ははは。よろしくお願いします」

「でも、いいのかい? 翔は君の弟なんだろう?」


 篤志はそう言って首を傾げた。


「ええ。翔が自分で選んだ道なら、俺が止めることもないでしょう。未来は誰かに決められるものじゃなくて、自分で選び取っていくものだから」


 暁がそう伝えると、


「そうか。そうだな」


 篤志は納得した顔をしてそう言ったのだった。


「そうだ! せっかくだし、稜也と話していきますか?」

「いや、大丈夫だよ。でも、顔だけは見て行こうかな」

「わかりました」


 それから暁たちは水蓮とミケの元へ向かった。


「先生! それと、さっきのおじさん?」

「ミケさん、いるか?」

「にゃーん」


 暁に呼ばれたミケはゆっくりと暁の前に出てくる。


「篤志さん」


 暁がそう言うと、篤志はゆっくりとミケの頭を撫でる。


「久しぶりだね。と言っても私のことは覚えていないかもしれないが。でもこれからも元気でな」

「にゃーん?」

「ふう。ありがとう。私はこれでいくよ」


 篤志は満足そうな顔をして、立ち上がりながらそう言った。


「……はい」

「ミケさん、よかったね。なでなでしてもらえて、気持ちよかった?」


 水蓮がミケにそう言って微笑むと、


「あ、君は確か水蓮と言ったね」


 そんな水蓮を見て篤志はそう呼びかけた。


「はい!」

「ママとのつながりを大切にね。その力は君を不幸にするものじゃない。きっと誰かを救うためにママから授かったものだよ」


 篤志がそう言うと、


「うん!」


 水蓮は満面の笑みで頷いたのだった。


「ふふふ。じゃあ暁先生もお元気で。またどこかでね」

「はい、篤志さんもお元気で! 翔によろしくお伝えください」

「ああ」


 それから篤志は神社を出て行った。


「水蓮、あの人の言う通り。水蓮の力は誰かを救うための力だ。そしてママとの大切なつながりだ。だから嫌いにならないでやってくれ」

「うん。スイは自分の力のこと、ちゃんと好きだから!」


 そう言って微笑む水蓮。


「そうか……」


 ほっとした顔で暁はそう呟いた。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか。帰る時間だ」

「はーい」


 それから暁たちは神主たちにお礼を告げ、施設に帰って行ったのだった。

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