第20話ー③ 動き出す物語

 ――職員室にて。


 キリヤと別れ、職員室に戻った暁は、報告書をまとめていた。


「――よし、これで送信っと……ふう」


 一息つきながら、椅子の背もたれに身体を預ける暁。


「そうだ、いろはのことを――」


 それから暁は身体を起こし、今度は机の隅にあるスマホを手に取ると、まゆおから聞いた話を連絡するため、所長へ電話をかける。


『――もしもし、お疲れ様。暁君から連絡してくるなんて珍しいな。もしかして、いろは君に何かあったのかい?』


 電話に応じた所長は、心配そうな声で間髪入れずにそう言った。


 所長もいろはのことを気にかけてくれているんだな――と嬉しく思う暁。


「ああ、いえ。そういうわけではないのですが……ただ、少しでも役に立てるかなって言う情報を得たので」

『ほう』


 それから暁は、まゆおから聞いたいろはの情報を所長へ伝えた。



『――つまり君は、いろは君のその心臓の痛みに何かヒントがあるんじゃないかと考えたわけかい?』


「ええ。もしかしたら、その病気は完治していなくて、それが身体をむしばみ、ストレスになって……ということもあるんじゃないかって」



 もちろんそんなことはあってほしくない事実だ。でも、俺が思いつくのはこれくらいしか――


 そう思いながら、俯く暁。


『なるほど……ありがとう。君は引き続き、施設で教師として生徒たちを見守ってくれ』

「わかりました」


 暁がそう言うと、所長は『それから』と前置きをして、


『君はこれ以上、この件には関わらないように。ここから先は私たちで調べるからね。君は君のやるべきことをやってくれ』


 いつもより低いトーンでそう言った。


 そして暁はその声に少し驚き、それから先ほどの所長の言葉を思い返した。


 この件には関わらないように――所長は、そう言ったのか? なんでそんなことを。だって俺は、いろはの担任教師なんだぞ? だから俺は――


「俺は――!」

『君が生徒のことを心配する気持ちはわかるが、でも君がやるべきことは事の真相を調べることではない。それは、わかるね?』


 淡々とした口調でそう言う所長のその言葉を聞き、暁ははっとした。


 そうだ、俺はいろはの担任教師だ。でも所長の言う通り。俺がやるべきことは真相を調べることではない。元気に笑ういろはの姿を守ることだ――


 それに気が付いた暁は、今は所長に従おうとそう思ったのだった。



「すみません、俺――」


『いいんだよ。君が生徒思いだってことはよくわかっているからね。じゃあ、とりあえず。君は君にしかできないことをするんだ。人間は、みんな役割をもって生まれてくる。君が今やるべきことは、わかっているかな?』


「教師、ですよね」


『ああ、そうだ』



 そう、俺は教師だから……だから教育以外のことは俺の領域ではない。そのほかの能力者関係のことは、専門家である所長たちの領域だ――


「俺は所長のことを、信じます。だから、必ずいろはを――!」

『ああ、もちろんさ』


 その後、通話を終えた暁はそっとスマホを机の上に置く。


 そして所長に言われた言葉をふと思い出していた。


「――これ以上は関わるな、か」


 確かに似たようなことを以前、白銀さんにも言われたな。あの時は確か、『ポイズン・アップル』のことだったか――


 ふとその時のことを思い返す暁。そして、暁はその『ポイズン・アップル』というワードに引っ掛かりを感じる。


『ポイズン・アップル』――それは毒リンゴを示す言葉。そして、白雪姫の物語に出て来る毒リンゴは、白雪姫の命を奪うもの――


「ちょっと、待てよ……」


 暁は今までのことを思い返す。


 能力者を操る、毒リンゴと呼ばれるチップ。そして俺が見たいろはに似た白雪姫の夢。


 政府から渡された資料に記載のないいろはの手術歴と「関わるな」と言う所長の言葉。


「もしかしていろはの中に――『ポイズン・アップル』が?」


 まさかそんなことがあるなんて……でも真相はわからないままだ。所長は、この件に関わるなと言っていたけれど、やっぱり俺は――


 そう思いながら、俯く暁。


「所長に信じるって言ったのにな、俺」


 でも例え『ポイズン・アップル』のことが真実だったとして、俺に何ができる――?


「また剛の時みたいに、何もできずに終わるのか。俺はいろはも救うことはできないのか」


 暁は悔しさと不甲斐なさを感じ、押しつぶされそうになる。


 同じようなことはあってはいけない。いろはも他の生徒たちにも――


 そして両手で拳をぐっと握る暁。そして暁はその拳を見つめた。


 あの時のことをどれだけ後悔していても、結局自分は拳を見つめることくらいしかできないんだ、と暁はそんな自分に落胆する。


 俺にできることなんて、もう何もないのかな――


 それから暁はゆめかの言った言葉を思い出す。


『君は君にしかできないことをしたらいい。それが誰かのためになる』


「俺にしか、できないこと……」


 そうだ、俺は教師だ。ここで生徒たちが楽しく平和に暮らせるようにすることが、今の俺がすべきことなんだろ――


 そう思った暁は顔を上げると、


「いろはのことは所長たちに任せよう。俺はここで、俺にしかできないことをやるだけだ」


 そう呟き、頷いた。


 行動を誤れば、また同じことの繰り返しになる。だったら俺はそうならない選択肢を取るだけだ――


「はあ。なんだか随分と長いこと思いふけっていたような――って、もうこんな時間か!!」


 暁が時計に目をやると、まもなく18時になろうとしていた。


「そういえば、腹も減ったな」


 それから暁はいつも通り夕食を摂る為、食堂へ向かったのだった。

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