第20話ー④ 動き出す物語

 食堂へやってきた暁は、そこで生徒たちのいつも通りにぎやかな笑い声を聞いた。


 一人でいるよりも、やっぱりみんなの姿を見ている方が落ち着くな――


 そんなことを思いながら、暁は食堂の入り口で生徒たちを見つめる。すると、


「センセー、お疲れ! お仕事は終わった??」


 暁の存在に気が付いたいろはは食べていた手を止めて、暁にそう尋ねた。


「ありがとな、いろは」


 暁は微笑みながらいろはへそう返した。


 そしてふとまたいろはのことが気にかかる暁だったが、首を横に振り、


 自分のやるべきことを誤るなよ――とそう言い聞かせたのだった。それから「ふう」と息を吐くと、


「さて俺も腹減ったし、大好物のから揚げでも……」


 そう言いながら、暁は食べ物の並ぶカウンターへと向かった。すると、


「先生、今日はから揚げがないみたい」


 マリアは残念そうな声で暁に向かってそう言った。


 その言葉に足を止める暁。それから暁はカウンターをじっくりと見つめ、マリアの言ったことが真実だと知る。


「そ、そんな……から揚げがない、なんて――」


 そう言って膝から崩れ落ちる暁。

 

 すると、そんな暁を見たシロが暁の傍に寄り、


「ハンバーグ、食べる?」


 そう言って皿に乗ったハンバーグを暁に差し出した。


 そして暁はゆっくりとその皿に視線を向ける。それからシロの方を向くと、


「シロ、ありがとな」


 そう言って暁はシロからハンバーグを受け取った。


 その後、カウンターに並ぶ料理をからいくつか取り分けた暁は、テーブルに着き、食事を開始する。


 悶々とした日くらいは、から揚げを食べたかったな――


 そう思いながら、シロからもらったハンバーグを頬張る暁。


「先生、おいしい?」


 シロは両手を机につき、覗き込むようにしてハンバーグを頬張る暁にそう尋ねた。


「ああ。シロがくれたからな。すごくおいしいよ」


 暁が笑顔でそう答えると、シロは「えへへ」と嬉しそうに笑っていた。


「……シロ、お前! 笑えるようになったのか!!」


 笑うシロを見た暁は、その喜びからつい大声を上げていた。


 そしてその大声に驚き、身体を硬直させるシロ。


 そんなシロを見て、困惑する暁。そして、


「先生! 大声出したら、シロが怖がるでしょ」


 マリアは両手を腰に当てながら、少々強めの口調で暁にそう言った。


「ごめんなさい……」


 マリアに怒られた暁はしゅんとしながら、シロとマリアに謝罪した。


「私は、平気。ありがとう先生」

「シロは優しいなあ」


 そう言ってシロの頭をそっと撫でる暁。


 それから暁たちは、にぎやかに夕食を楽しんだのだった。




 夕食後、暁が一人で食堂の片づけをしていると、そこへシロが姿を現した。


 1人で来たシロを見て、いつも一緒のマリアがいないことに疑問を抱く暁。


「マリアは一緒じゃないのか?」


 暁がそう尋ねると、シロはニコッと微笑んでから、


「マリアお姉ちゃんはキリヤ君とお話してるから、邪魔しないように出てきた」


 そう答えたのだった。


「そう、なのか」


 そう言って目を丸くする暁。


 それってシロが自分の意思で、ここへ来たってことだよな――


 つい先日までまともに会話もできなかった少女がここまで成長しているなんて、と暁は感心しながらシロを見つめる。


 暁がそんなことを思っていると、シロは暁の顔をまっすぐに見て、


「先生、夢見た?」


 そう問いかけた。


 夢……? 夢なら寝ているときによく見ているけれど、シロはいつの夢のことを言っているのだろうか――


「何の、ことだ?」

「白雪姫の夢のこと」


 シロは平坦な口調でそう言った。


 暁は目を丸くする。自分と所長しか知らないことをなぜ、知っているのだろうと、そう思いながら。


「なんで、そのことを……」

「私が、先生に見せた夢だから」


 シロが見せた夢――?


「それが、シロの能力なのか?」


 暁のその問いに、シロは顎に指を添えると、


「うーん、わからない。でも私は人に夢を見せることができるみたい」


 首を傾げてそう言った。


「そうなのか……」


 そして暁はふと思い出す。シロと初めて会った日に、あの夢――剛の暴走を予言するかのような、あの夢を見たことを。


 シロが予知夢を? だとしても、なんで俺にあんな夢を見せることができるんだ――?


「あの夢は何なんだ? なんでシロが、あんな夢を……」

「私もわからない。急に誰かの夢が私の中に入ってくるの。そして見せたい相手とその夢を共有できる。どうしてそれをできるのかはわからないけど……」


 夢を見せた当の本人であるシロもわからないっていうこの力は、きっと『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』に違いないと暁はそう思った。普通の人間がそんなことをできるはずがないのだから、と。


 でもなんで俺なんだ? 俺なんかより、いつも一緒にいるマリアの方がよかったんじゃ――暁はそんな疑問を抱く。


「なあシロ、どうして俺を選んだんだ? マリアでもよかったんじゃないか?」


 暁がシロの顔をまっすぐに見つめてそう問うと、シロはそんな暁の問いに優しく微笑みながら、


「……先生なら、どうにかしてくれるって思ったから。私の夢のことも。その夢の持ち主のことも」


 そう答えたのだった。


 暁はそう言ったシロから顔を背けると、


「俺に、そんな力なんてないよ」


 力なくシロにそう告げた。


 剛をあんな姿にしてしまったのは自分だ。だから、そんな俺が誰かを救うなんてできるはずがない。俺は、これ以上何も起こらないようにと祈りながら、生徒たちを見守ることくらいしかできないんだ――


 そう思い、暁は俯いた。


「そんなことないよ。先生と関わった子供たちがみんな笑顔に幸せになる夢を見たの。一人だけじゃなくて、何人もの子供たちが同じように笑顔だった。だから先生なら、できるって私は思ったの」


 暁はシロのその言葉にはっとし、顔を上げる。


「生徒たちが……」


 もし本当にそうだったなら、俺はどれだけ救われるだろうか――


「今の先生は自分に自信がないかもしれないけど、たくさんの積み重ねの中で先生は少しずつ自信を取り戻せるよ。そしてたくさんの子供たちを幸せにするから」


 そう言って、優しく微笑むシロ。


 シロが言うのは夢の話だから本当にそういう未来になるかどうか、俺にはわからない……でも、俺を元気づけるには十分すぎる言葉だ――


「ありがとな、シロ。少し自信がついたよ」

「よかった!」


 そう言って暁たちは微笑みあったのだった。


 それから、


「シロ? どこいったの?」


 廊下の方からマリアの声が響く。


「マリアお姉ちゃんの声だ!」


 シロはその声を聞き、目を輝かせた。


 本当にシロはマリアのことが大好きなんだなと思い、暁はくすっと笑う。


 それから食堂にやってきたマリア。


「シロ?」

「マリアお姉ちゃん!」


 シロはそう言いながら、マリアのもとに駆け寄った。


「ここで先生とお話していたんだ。楽しくお話できた?」


 マリアは優しくシロに尋ねる。


「うん!」


 そしてシロは笑顔で答えた。


「じゃあ、そろそろ寝よう。明日も早起きしないとね」

「うん! じゃあ先生、おやすみなさい」


 そう言いながら、マリアとシロは食堂を後にした。


 それから暁はさっきのシロの話を思い出す。


 関わった生徒たちが幸せな笑顔になる未来、か――


 そして暁は微笑むと、


 今はまだ自信はないけど、少しずつでいいから自信を積み重ねていこう――


 そんなことを思った。それから、本当にそんな未来になるといいなと願った。


 その後、食堂の片づけを終えた暁は自室に戻って行ったのだった。

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