第20話ー② 動き出す物語
授業後、暁は教室に一人残るまゆおへ最近いろはに変わったことがないかを尋ねた。
なんでそんなことを聞くのかという顔をするまゆお。しかし元々礼儀正しい性格からか、まゆおは暁に疑問を抱きつつも素直に答えた。
「いろはちゃんはいつも通りだと思いますよ。特におかしいこと、なんて――」
まゆおは何か心当たりがあるのかはっとした顔をする。
「どうした?」
「そういえば、たまに胸を押さえて苦しそうにしている時がありますね。子供の時に心臓の病気で一度、手術しているとかなんとか」
「心臓、か……」
何の手掛かりになるのかはわからないが、とりあえず所長に連絡しようと暁は思ったのだった。
「ありがとな、まゆお!」
「あの、何なんですか? いろはちゃんに何か――」
心配そうな顔になるまゆお。
「何でもないよ。仮に何かあったとしても、いろはにはまゆおがいるからな。心配はしてないさ。だからいろはのことは頼んだぞ」
そう言って暁はまゆおの肩に手をのせた。
まゆおは少し戸惑ってから、
「いろはちゃんは何があっても、僕が必ず守り抜きますから!」
そう言って笑顔で答えたのだった。
まゆおのその言葉を聞いた暁は、安堵の表情をする。そして同時に、まゆおの成長を嬉しく思っていた。
日々、まゆおは成長を続けている。初めて会った時よりも確実にまゆおはたくましく、そして強くなった。だからきっといろはのことも――
「ああ、よろしくな」
暁はそう言ってまゆおに微笑んだのだった。
それからまゆおはすっきりとした顔で自室へと帰っていった。
そしてそんなまゆおと入れ替わるように、今度はキリヤが教室へやってきた。
「先生、ちょっといい?」
含みのある笑顔でそう言うキリヤ。
何か相談事でもあるのだろうか。でも、なんで今このタイミングなんだろう――?
そんなことを思う暁。そして暁は、キリヤの目をまっすぐに見つめると、
「大丈夫だ。どうした?」
そう問いかけた。
「……さっきの話は何?」
キリヤは先ほどの笑顔のまま、暁にそう言った。
「さっきの話……?」
一瞬キリヤからのその問いの意味を考える暁。そして、それは先ほど、自分とまゆおとしていた会話のことだろうと暁は理解したのだった。
察しが良いキリヤだったら、何か感づいてもおかしくはないだろうな。教室でのいろはの事とさっきのまゆおとのことを――
そう思う暁だったが、生徒であるキリヤに心配を掛けさせたくないと思い、
「何でもないよ……」
そう言って目をそらした。自分のしていることをこれ以上、勘ぐられないように。
まあ、こんなことでキリヤをごまかせるはずがないってことくらい、俺にだってわかっているけど――
「ふーん」
キリヤはそう言うと、それから冷ややかな笑顔をしながら、暁の目の前に立った。
「それって何でもなくないよね? それに、今朝からちょっとおかしいし……ねえ、どうしたの?」
表情はともかく、おそらく俺のことを心配していることは確かなんだろうな――
それから暁はキリヤに真実を話すべきかを迷った。
またあの誘拐事件の時のように、キリヤを巻き込んでしまうのではないかとそう思ったからだった。
今回の事件は簡単な問題ではない。だから生徒であるキリヤを巻き込みたくはない――
そして暁は、真実を伏せることにした。教師として、生徒を守るという義務を果たすために。
「……悪い」
暁は気まずそうな顔でそう告げた。すると、それを見たキリヤは小さくため息を吐き、
「今はまだ話せないってことね。わかったよ。でも困ったら、何でも言ってよ? 僕はいつだって先生の力になりたいんだからさ」
そう言って微笑んだ。そしてキリヤは暁にそれ以上問うことはなかった。
「ありがとな、キリヤ」
ほっとした顔をでそう言う暁。
いつまでも生徒に甘えてばかりでいられない。俺は俺ができることをしなくてはならないのだから――
そう思いながら、暁は微笑むキリヤを見つめる。
それからいつもの他愛ない話をしながら、暁たちは教室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます