第20話ー① 動き出す物語

 夏祭りを終えた夜。俺は変な夢を見た――


「ここは?」


 暁はそう呟きながら、辺りを見渡す。


 すると前方にはパステルカラーで彩られた自然。そして子供の頃、絵本で見た可愛らしい動物たちがあった。


 それを見た暁は、今いる場所がいつも生活しているS級保護施設ではないことに気が付く。


「夢、だよな。さすがに……」


 そう呟き、暁は歩き出す。何か手掛かりを探して。


 そしてしばらく歩くと、暁の目の前には大きな森が出現した。


 元々そこにあったのではなく、急に目の前に現れた森に少々驚きつつも、何か意味があるような気がした暁は、その森の中へと入っていった。


 森の奥へと進んだ暁は、可愛らしい小さな家を見つけた。


 そしてそこには、暁のよく知る人物がいた。その姿を見た暁は、目を見開き、


「いろは?」


 とその名を呟く。


 それから暁はまじまじとその少女を見つめ、少女がいろはではないことに気が付く。

 

 いろはではないけど、でも本当によく似ているな――


 そう思いながら、その少女を見つめる暁。


 それからその少女のところへ怪しい老婆が近づくと、その少女にりんごを手渡した。


 そしてその少女は、老婆から受け取ったそのりんごをかじり――倒れる。


「一体、何が……」


 あの老婆を問いただすことだってできなくはないだろうが、今は静かに見守ろう。これは、夢なのだから――


 そう思いながら、暁は静かにその場を見守った。


 そして老婆はせかせかとその場を去っていった。その後、家の主であろうどこかから戻った小人たちが倒れた少女を囲んでいた。


 それから小人たちは少女を棺に寝かせて、その棺を囲みながら涙を流す。


 それを見た暁ははっとした。


「もしかしてこれは、白雪姫の……」


 グリム童話、『白雪姫』の一幕――暁は、この夢はその世界だという事を察したのだった。


 俺の知る白雪姫の物語なら、この後は王子が目覚めのキスをして、ハッピーエンドになるはず――


 そう思いながら、暁は小人と眠り続ける白雪姫を見守った。


 しかし、王子が姿を現すことはなかった。そして、少女――白雪姫――も眠り続けたままだった。


「これじゃ、この物語はハッピーエンドにならないぞ……」


 暁がそう呟いた時、突然地面が揺れ始め、暁の立っている場所が崩れ始める。


「なんだ――!?」


 辺りを見渡す暁。そして、

 

『うふふ。白雪姫は永遠に目覚めることもなく、永遠に眠り続ける運命なのよ……』


 暁はそんな怪しい女性の声を耳にした。


 この声、どこから――?


 それから暁はその声の主がわからないまま、崩れた地面へと落ちて行ったのだった。


 


「――うわっ!?」


 暁が目を覚まして飛び起きると、もう空は明るくなっていた。


「今の、夢は……」


 暁は額に手を当て、目覚めたての頭を働かせる。


 白雪姫は明らかにいろはそっくりだった。これはいろはの心に何かが起こる前触れなのか? それに、あの時の声って――


「剛の時のこともあるから、まずは所長に相談してみよう」


 それから暁は食堂でいろはの元気な姿を確認してから、研究所に急いで向かったのだった。




 研究所に着いた暁は、まっすぐ所長室へと向かった。


「いきなりどうしたんだい、暁君」


 所長は部屋に着いた暁に、開口一番そう言った。


「実は、今日見た夢の話なんですが……少し気になることがあって」

「夢……?」

「はい。剛が暴走する前にも見たんですよ。心がモヤモヤするような嫌な夢を――」


 そして暁は夢のことを所長に話した。


 その日見た夢の話なんて、きっと真面目には受け取ってはくれないだろうと思う暁だったが、意外にも、所長は暁のその話を真剣に聞いていた。


「――白雪姫の物語になぞらえていたようでしたが、最後の結末だけは違っていて。もしかしたら、いろはに何かが起こる前触れなんじゃないかってそう思って……」


 暁が不安な表情でそう告げると、そんな暁を見た所長は心配そうな顔をした。


「そうか。暁君が、そんな夢をね……」

「所長は、どう思いますか?」


 所長は少し考え、ゆっくりと口を開く。


「……無効化を持つ君が、誰かの能力で予知夢を見る可能性は低い。しかし、無視できない話だな。最近のいろは君に変わった様子はなかったかい?」


 所長の問いに、暁は来る前に見たいろはの姿を思い返す。


「――来る前に見たいろははいつも通りでしたね。何かを抱え込んでいる様子も、俺が見る限りではないように思いました」


 暁がそう言うと、 所長は顎に手を添え、


「そうか。何もなければいいが……でも君はなるべくいろは君を気にかけるようにしてくれ」


 真剣な顔でそう言った。


「はい、わかりました」


 今度は剛の時みたいにならないようにする。生徒を守る教師でいられるように――


 そう思いながら、暁は頷く。


 それから少しだけ所長と会話した後、暁は研究所を後にしたのだった。



 * * *



 暁が帰った後の所長室。


 所長は窓の外を眺めつつ、真剣な表情をしていた。


「もしかしたら、いろは君は――これは調査の必要がありそうだな。彼らの出番かもしれない」


 そう呟くと、所長はどこかへ連絡を入れたのだった。



 * * *



 施設に戻った暁は、午前の授業を受けている生徒たちの元へと向かった。


「白雪姫の物語か……もしかして『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』と何か関係があるのか」


 白雪姫つながりではあるけど、実際はどうなんだろうな――


 そしてそんなことを考えていると、暁はあっという間に教室の前に到着する。


 考えても仕方がないか……俺が今すべきことは、いろはをしっかりと見守ることだ。剛の時みたいにならないように――


 それから暁はそっと教室に入ると、そこにはいつも通り真面目に授業を受けている生徒たちの姿があった。


 そして暁はそのままいろはの方に目を向ける。それからいつもと変わらない様子のいろはに、暁はほっと胸を撫でおろす。


 いつものいろはだ。今のところ、問題ないみたいだな――


 それから暁は、教室の窓際にある教師用の席まで行き着席すると、黙々とタブレットに向かい勉強する生徒たちの方へ視線を向けた。


 そして暁の視線は、自然といろはの方へ向く。


 先ほど様子を確認したのにも関わらず、昨夜見た夢のせいか、暁はいろはのことが気になって仕方がなかった。


 解けない問題はないか。勉強がストレスになっていないか――と普段ならスルーできることをつい気にして何度もいろはの方を確認する暁。そして、その度にいろはと目が合っていた。すると、


「なんかセンセーさ、アタシのことばっか見てない?」


 いろはは暁の方を見て、怪訝そうな顔でそう言った。


 それから他の生徒たち――優香と真一以外――も暁の方を見る。


「そ、そうか? 偶然じゃないのか? ははは……」

「偶然か……ふーん。ま、そうだよね!! あははは!!」


 そう言って、いろはは勉強に戻った。他の生徒たちも首を傾げつつ、勉強を再開した。


 しかし、まゆおだけは違った。まゆおは暁をしばらくじっと見つめてから再びタブレットに視線を戻したのだった。


 それから小さくため息を吐く暁。


 暁はまゆおのいろはへの気持ちに薄々感づいており、先ほどの発言にまゆおが過剰に反応するのは仕方のないことだと思っていた。


 でも。俺はそんなつもりはないんだよ、まゆお――


 そう思いながら、暁はまゆおを見つめた。


 そういえば、まゆおは普段いろはと一緒にいることが多いよな。もしかしたら、最近のいろはのことを何か知っているかもしれない。授業の後にでも聞いてみるか――


 そしてその後も授業は続いたのだった。


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