第19話ー⑤ 平穏な日々
グラウンドでは祭りを終え、会場の片づけが進んでいた。
「今日はありがとうございました!」
暁はお祭りスタッフたちにお礼を言って回りながら、その撤去作業を手伝っていた。
お祭りの企画がこんなに大変だなんて正直驚いたが、でも生徒たちの笑顔を見られたと思うとこの苦労も幸せな時間だったのかな――
そんなことを思いながら暁は微笑む。
それから屋台の片づけが済んだ後、暁は花火の後処理をしていた。
「えっと、とりあえずバケツの水を捨てて……それから――」
暁は手順を確認しながら花火を処理していると、
「先生! 僕も手伝うよ!!」
そう言いながらそこへキリヤが現れた。
「助かる! ありがとな!」
それから花火をゴミ袋に移し、暁たちはエントランスゲート近くにあるゴミ置き場に向かった。
「キリヤ、今日は楽しかったか?」
暁は歩きながら、隣にいるキリヤにそう尋ねる。すると、
「うん! すごく楽しかった! ありがとう、先生!!」
キリヤはそう言って笑顔で答えた。
「そうか、よかった」
暁がそう言って笑うとキリヤは急に悲しそうな顔になり、
「手持ち花火は本当のお父さんとの大切な思い出があったんだ」
そう告げた。
本当のお父さん……って再婚前の父親のこと、だよな。キリヤがこんなに悲しそうにするなんて一体どんな思い出があるんだろう――
「なあキリヤ。それがどんな思い出だったのか、聞いてもいいか?」
暁のその問いに、キリヤは「うん」と小さな声で答えて言葉を続けた。
「僕がまだ5歳だった時のことなんだけど――」
* * *
キリヤ、5歳の夏。キリヤの父は、初めてキリヤに手持ち花火を買ってきた。
「キリヤ、今夜はお父さんと花火をしよう! ほら! たくさん買ってきたぞ!」
そう言って買ってきた手持ち花火の入った袋を見せるキリヤの父。
「わああ! ありがとう、お父さん! 僕、すごく楽しみだよ!」
キリヤは目を輝かせて、その袋の中身を覗く。
その様子をキリヤの父は嬉しそうに見つめていたのだった。
そしてその日の晩。キリヤとキリヤの父は家の庭に蝋燭を用意して、袋に入っていた手持ち花火を広げた。
「どれにしようかなー」
キリヤがそう言って困っていると、キリヤの父は広げている花火の中から適当に一本手に取って、笑いながらキリヤに手渡した。
「まずはこれにしよう」
「うん!」
キリヤは頷きながら笑うと、その花火を受けとった。
それからキリヤの父はキリヤの後ろに立ち、花火を持った方のキリヤの手に自分の手を添え、その花火に蝋燭の火をつける。
すると、その花火が突然シューッと言う音を上げ、色のついた火が噴き出し、キリヤはびくっと肩を震わせる。
「お、お父さん!」
目を潤ませて、父の顔を見るキリヤ。
そして花火を持つ手を今にも離しそうなキリヤに、キリヤの父は優しい声で「大丈夫だ」と言って微笑みかけた。
父のその笑顔を見たキリヤは安堵の表情を浮かべてから、花火をしっかりと握った。
はじめてやった花火は少し怖かったけど、とてもきれいだったな――
キリヤはそんなことを思いながら、残りの花火も楽しんだのだった。
「お父さん、ありがとう! またやろうね!!」
「おう! 来年は、マリアとも一緒にやろうな!」
「うん!」
キリヤは笑顔で父にそう返した。
また来年かぁ。今度はマリアと、お母さんも一緒がいいな――
そんなことを思うキリヤ。
しかし、その約束が果たされる日は永遠に来ることはなかった。
その年のクリスマスに大雪が降り、キリヤの父はその時に交通事故で命を落としたからだった。
キリヤは病院の安置室で動かなくなった父を静かに見つめながら、
「約束したのに……どうして、お父さん……」
そう呟いた。
そしてキリヤは、父との思い出を忘れないようにとその夏以降、手持ち花火をすることはなくなったということだった。
* * *
「これが僕とお父さんとの思い出」
そう言ってキリヤは悲しそうに笑うと、それからゆっくり星がきらめく夜空を見上げた。
キリヤは今、何を想っているのだろう。天国にいるかもしれないお父さんのことだろうか――
空を見上げるキリヤを見つめながら、暁はふとそんなことを思った。
「手持ち花火はキリヤにとって、お父さんとのかけがえのない大切な思い出だったんだな」
キリヤは暁の方を向き、笑顔で「うん!」と言った。
しかし暁は、キリヤが最後に言っていた「その夏以降、手持ち花火はやらなくなった」という言葉が引っ掛かり、
「でもよかったのか? 忘れたくない思い出だったから、今まで手持ち花火をやらないでいたんだろ?」
とキリヤにそう問いかける。
するとキリヤは首を横に振ってから、
「もう、いいんだ。……お父さんとの思い出はずっと僕の中にあるから。この思い出は、きっと消えない。そう思ったから、僕はまた花火がやりたくなった。それに今度は先生たちと忘れられない思い出を作りたかったから」
そう言って、暁に微笑みかけるキリヤ。
キリヤのその笑顔は、自分は悲しい過去を乗り越えたということを表しているように暁は感じた。しかし、そんなキリヤを見た暁は少しモヤモヤとした感情が芽生える。
喜ぶべきことのはずなのに、なぜ俺は素直に喜べないんだ――?
「キリヤは、ちゃんと前に進んでいるんだな」
そう言いながら暁は俯く。
「先生が僕をそうさせているんだからね。先生がいつも近くにいてくれて、僕の背中を押してくれている。だからありがとう、先生」
そう言って、暁の顔を覗き込むキリヤ。
「お、俺は……」
暁は俯いたままで、そんなキリヤの顔を見ることができなかった。
キリヤは過去を乗り越えて前へ進んでいるけれど、俺は、俺だけはまだ……だから剛があんなことに――
そんなことを思ってから、ハッとする暁。
ああ、そうか。キリヤの笑顔でモヤモヤとしたのはそう言うことだったのか――
それから暁は、今も眠り続けている剛の姿を思い出す。
たくさんの管に繋がれ、今は無理やりに生かされている剛。俺のような教師になりたいと剛はそう言った、その矢先に剛は――
剛のことを割切ったつもりでいた暁だったが、その時のことはまだ暁の心に深く刺さったままになっていた。
俺があの時、気が付いていれば――暁は今でもそう思って、自分を責め続けていたのだった。
しかし生徒たちの前では、自分が落ち込む姿は見せられない。生徒たちにもう心配はかけられないし、それに自分は生徒を救う立場なのだから、と暁は自分に言い聞かせ、今はなんとか踏みとどまっている状態にあった。
俺はあの時から、自信を無くしてしまっている――
前に進みたい。生徒たちのために変わりたい――そう思いつつも、暁は今、自分が変わるためにどうすれば良いのかわからずにいた。
なあ。俺だけ、ずっとこのままなのか――?
そんな問いを延々と繰り返しながら、暁は黙々と片づけを終える。
それから暁とキリヤは建物の中へと戻っていった。
キリヤは前に進んだ。他の生徒たちも徐々に変わり始めている。だけど、俺は……?
ここへ来て、教師になるという夢を叶えることができたのに、俺はそこから進めていないんだ。
わからない。自分の進む路が……歩んでいく未来が、俺にはわからないんだ――。
楽しかった祭りの後、暁は悶々とそんな思いを抱き、一人過ごしたのだった。
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