第20話ー⑪ 動き出す物語

 ――医務室にて。


 それは暁が医務室を出て、すぐのことだった。


 唐突にまゆおのスマホが振動し、まゆおはスマホの画面に目を向けた。


 ――着信 非通知


「誰だろう? 知らない番号だ」


 もしかしたら、兄さんたちや父からなんじゃ――


「いや、そんなわけない。それに、普段鳴らない僕の電話がこんな時に鳴るなんて……」


 それからまゆおは意を決し、電話に応じることにした。このタイミングでの着信は、何か意味があるのではと感じたからだった。


「――はい」


 そして電話の主は、意外な人物だった。


『久しぶりですね、まゆお君』


 声質は幼いのに、その口調はとても落ち着いている。


「……もしかして、狂司君?」


 まゆおは、ゆっくりと確かめるように、電話の主へそう尋ねた。


『正解です。すみません。スマホの番号を勝手に登録していました。何かあったときに連絡できるのは、まゆお君だけだって思って』


 落ち着いた声でそう言う狂司。


「今、どこにいるの? いきなり家庭の都合でいなくなっちゃうから、びっくりしたよ」

『なるほど。僕はそういうことになっているんですね』


 納得するようにそう言う狂司に、まゆおは首を傾げる。


「ね、ねえ。それってどういう意味?」


 まゆおがそう問いかけると、狂司は『あはは』と笑い、


『それは置いておいて……今回連絡を入れた理由なんですけど――いろはさん、急に苦しみだしていませんでした?』


 冷静な口調でそう答えた。


 それを聞いたまゆおは、


「なんで、それを?」


 目を見開いてそう言った。


『さあて、なんででしょうね』


 はぐらかすようにそう言う狂司。


 彼は何かを知っている。そして、この状況を予言していた――?


 そう思ったまゆおは、


「教えてくれるために、電話してきたんじゃないの?」


 確かめるようにそう言った。


『――察しがいいですね。その通りです』


 狂司君は、わかっているんだ。なんで、いろはちゃんが今こうなってしまっているのかを――


「一体何が起こっているんだい? いろはちゃんに何が――!」

『まあまあ。というか、暁先生やキリヤ君からは何も聞いていないんですね。意外です』


 意地悪な声でそう言う狂司。


 先生とキリヤ君は、いろはちゃんのことを知っている――?


 それからまゆおは、最近の暁やさきほどのキリヤの行動を思い出し、はっとした表情をする。



「だから先生もキリヤ君もいろはちゃんのことをあんなに気にして――」


『どうやら、思い当たる節はあるみたいですね。そうです。いろはさんはただの病気じゃない。『ポイズン・アップル』っていうチップが胸に埋め込まれている、政府の実験体です』


「実験体……?」



 その言葉に首を傾げるまゆお。


 そういえばいろはちゃんはさっき……自分が検査をすればするほど、家にお金が入るって――


『その実験は国家レベルの機密事項。貧しい家庭に打診して、お金をもらう代わりに子供を実験体にしている。そしていろはさんもその被害者の一人』

「そんな……」


 いろはちゃんは親のためにって、病気と闘っていると思っていたのに。本当は病気なんかじゃなくて、実験体にされていたなんて――


『まゆお君。この事実を聞いて、君はどうしますか?』


 狂司の問いにまゆおはスッと息を吸い、


「僕は、いろはちゃんを助けたい!! これからもいろはちゃんの笑顔を守りたいし、言いたいことを言えてないから!」


 決意を込めて答えた。


『うん、まゆお君ならそう言うと思いました』


 狂司は笑いながらそう言った。



「それで、何か救う方法があるの?」


『ええ。いろはさんを救う方法はたった一つ。胸にあるチップを一撃で破壊することです』


「一撃で……?」


『そうです。でももし失敗すれば、きっといろはさんは永遠の眠りにつくことになる。だからこれは、簡単なことでないことは承知の上です。でも、きっとまゆお君ならできるって、僕は信じています』



 狂司の言葉に、まゆおは少し怖気づく。


 僕がそんなことできるわけが……。だって僕と関わった人間はみんな不幸に――


 そしてまゆおは、いろはが以前掛けてくれた言葉を思い出す。


『アタシはまゆおといて、楽しくて幸せだって思うけどね!』


 そうだよ。僕はあの笑顔を……いろはちゃんを守るって決めたじゃないか! だったら――!


「わかった。僕が必ずいろはちゃんを救うよ。ありがとう、狂司君」


 まゆおは笑顔でそう言った。


『少しでも助けになれたのならよかったです。それと、まゆお君とまたお話できて嬉しかった。本当はもっと君とたくさんお話したかったんですけどね』


 寂しそうな声でそう言う狂司。


「それは僕もだよ。……ねえ狂司君。また、どこかで会えるよね?」


 まゆおがそう問いかけると、狂司は少し間を置いてから、


『いつか、必ず』


 しっかりとした口調でそう言った。


「うん。それまでに僕はもっと強くなる。だから、楽しみにしててね」

『はい。……では、まゆお君。さようなら』



 そして電話は切れた。


「狂司君……」


 まゆおはそう呟き、『通話終了』と表示されているスマホの画面を見つめた。


 それから静かに医務室へキリヤがやってくる。そして、


「ねえ、まゆお。誰と電話していたの?」


 キリヤはまゆおの顔をまっすぐに見て、そう問いかけた。


 それからまゆおはキリヤの目を見ながら「待って」と言うと、


「その前に僕は、君に聞きたいことがあるんだよ」


 眉間に皺を寄せてそう言ったのだった。

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