第20話ー⑩ 動き出す物語

 職員室に着いたキリヤは、勢いよくその扉を開ける。


「ど、どうした、キリヤ!!」


 目を丸くしてそう言う暁。


「理由は後から説明する。だから、ちょっと着いてきて! いろはが大変なんだ!!」


 キリヤがそう言うと、


「いろはが!?」


 そう言って、暁は血相を変えた。


「今、医務室にいる! 早く!!」

「わかった!!」


 暁は頷いて立ち上がると、そのままキリヤと共に医務室へと向かった。


 職員室から大急ぎで医務室前に到着したキリヤたち。


 そしてキリヤは医務室に入ろうとした時、ふと所長に言われていることを思い出した。いろはのことを頼むとそう言われていたことを。


 いろはのこと、報告しなくちゃ――


「先生! 僕、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、先にいろはのところに行っていて」


 医務室に入ろうとしていた暁にキリヤがそう告げると、暁は首を傾げながら、


「え? あ、ああ。わかった」


 そう言って頷き、一人で医務室に入っていったのだった。


「――先生に聞かれるわけにはいかないな」


 それからキリヤは医務室から少し離れたところへ移動すると、スマホをポケットから取り出し、所長に電話を掛ける。


「所長、すみません! 実は、いろはが――!」


 それからキリヤは、今の状況を所長に伝えた。


『それは由々しき事態だ。今後の状況の変化をしっかりと確認してくれ。少しの見落としが、最悪の事態を招くことになるから。今は君が頼りだよ、キリヤ君』

「……わかりました」


 そして通話を終えたキリヤは、眉間に皺を寄せて俯く。


 僕が、ちゃんといろはを見守らないと……。僕にできることをするんだ。いろは、もう少し頑張ってくれ――


 キリヤはそう思いながら、持っているスマホを握りしめたのだった。



 * * *



 医務室に着いた暁は、ベッドに横たわるいろはを見て、目を見張った。それは最悪の事態を想像し、剛の姿が頭をよぎったからだった。


「先生……?」


 暁の存在に気が付いたまゆおが、不安な声でそう言った。


「まゆお……いったいいろはに何があったんだ?」

「実は――」


 それから暁はまゆおの話を聞き終え、おそらく『ポイズン・アップル』の影響で、いろははこうなっているんだろうと理解したのだった。


 もしかしたら、いろはもこのまま剛のように目を……覚まさないのか――


 そう思いながら、眠るいろはの顔を見つめる暁。


「先生、僕はどうしたら……先生に、いろはちゃんのことを頼まれていたはずなのに……僕は、何もできなかった。やっぱり僕と関わった人は、みんな不幸に……」


 まゆおは俯きながら、そう言った。


 それから暁は首を横に振ると、


「まゆおだけのせいじゃない。俺も何もできなかった。だからそんなこと、思わなくてもいいんだ。

 それに、いろははまゆおと関わって不幸なんて思ってないさ。俺もそうだしな! だからまゆお。今はいろはの無事を祈ろう」


 そう言って、まゆおに優しく微笑んだ。


 そしてまゆおは俯いたまま、「はい」と小さな声で返事をしたのだった。


「そうだ。俺はちょっと研究所に報告してくるよ。目を覚ました後にいろはは検査が必要になるかもしれないからな」

「わかり、ました」


 それから暁は所長に連絡するため、スマホの置いてある職員室へ一旦戻るのだった。




 ――廊下にて。


 暁は早歩きで、廊下を進んでいた。


 いろはは無事でいてくれ……どうか、頼む。もう、剛の時のようには――


 そんな思いを抱きながら、暁はさらに歩く足を速める。


 それから職員室に着いた暁は、机の上に無造作に置かれたスマホを手に取り、所長へと電話をかける。そして、


「やあ、どうしたんだい?」


 いつもと変わらない口調で、そう告げる所長。


 所長はすぐには応答してくれないだろうと思っていた暁は、思いのほか早く通話に応じた所長に少し驚いたのだった。


 そんなことよりも、だ――!


 それから暁は、所長へ今起きていることを伝えようとすると、


「実は、いろはが――」

「ああ。なんとなく状況は理解しているよ」


 暁の言葉を遮ってそう言った。それから所長は話を続ける。


「暁君は、まゆお君のそばについてやってくれ。彼はいろは君のことを大事に思っているだろう? 精神的に参っているのは、きっとまゆお君だと思うからね」


 暁は、なぜ所長が状況を理解しているのかと、少し疑問を抱いたものの、所長の言葉に従うことにしたのだった。


 所長の言う通り、今はまゆおの心が心配だ。目の前で苦しみ、そして眠るいろはをみているまゆおはきっと心が傷ついている可能性が高い――


 それから、先ほどのまゆおを思い返す暁。


 自分のせいだと自身を責めていたまゆお。『白雪姫症候群』の能力者への心の負荷がいかに良くないものかを、暁は身をもって理解していた。


 俺は、俺にしかできないことをするんだ。もう剛の時のような後悔をしないために――


 暁は一呼吸おいてから、


「わかりました」


 決意を込めて、所長にそう答えた。


「ありがとう」


 所長は安堵の声でそう言った。


 その後、電話を切った暁はまゆおといろはのいる医務室へ戻ったのだった。

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