第20話ー⑫ 動き出す物語
医務室の前に着いたキリヤは、そこでまゆおが誰かと会話しているような声を耳にした。
まゆお以外の喋り声が聞こえないことから、きっと電話で話しているのだろうと察するキリヤ。
盗み聞きは趣味ではないけど、気になるな――
「……ありがとう、狂司君」
その言葉にはっとするキリヤ。
え? 今、狂司君って……なんでまゆおが狂司の連絡先を? いや、狂司がまゆおのスマホの番号を知っていたのかな。でも一体、何の話を――
そしてキリヤはまゆおの電話が終わったころに、医務室に入ったのだった。
「――聞きたいこと?」
まゆおはキリヤの顔をまっすぐに見つめると、
「うん。『ポイズン・アップル』といろはちゃんのこと」
落ち着いた口調でそう言った。
「なんで、それを――」
「何だっていいことだよ。ねえ、教えてよ」
そうか。狂司は『ポイズン・アップル』のことをまゆおに話したんだ――
そしてキリヤはふと思った。なぜ狂司はいろはが『ポイズン・アップル』被害者だとわかったんだろう、と。
「キリヤ君、聞いてる?」
キリヤはまゆおのその言葉で我に返る。
「あ、う、うん。聞いてるよ」
そう言いながらキリヤはまゆおに顔を向けると、
こんな真剣な顔をするまゆおは、初めて見たかもしれない――
そう思ったのだった。
それからまゆおは、何の言葉を発することもなく、キリヤをまっすぐに見つめていた。
僕が真実を語るまでは、折れるつもりはないってことか――
このまままゆおと険悪になることを避けたかったキリヤは、真実を告げることにした。それがまゆおの負担になってしまうかもしれないと思いながら。
「――わかった、全部話すよ」
そう言ってキリヤは、『ポイズン・アップル』と今のいろはの状況をまゆおに伝えた。
しかしまゆおは驚きもせず、キリヤの話を黙って最後まで聞いていたのだった。
「――これが真実だよ」
キリヤがそう言うと、まゆおは眉間に皺を寄せながら視線をやや下に向け、何かを考えているようだった。
驚かない様子を見ると、大体のことは狂司から聞いていたみたいだね――
キリヤはそう思いながら、まゆおの顔を見つめる。
それからまゆおは顔をゆっくりとキリヤの方に向けると、
「ねえ、本当にいろはちゃんを救う方法はないの?」
真剣な表情でそう言った。
本当に――とその言葉を聞いたキリヤは、すでにまゆおはその方法を狂司から聞いているんだろうと察した。
「聞かなくても、もうわかっているんでしょ?」
キリヤがそう告げると、まゆおは決意を込めた眼差しでいろはを見つめて、
「……僕は、僕のやるべきことをやるだけだよ」
そう答えた。
「わかった。僕も僕ができることをするよ。まゆお、一緒にいろはを救おう」
「――うん」
まゆおはそう言って頷き、キリヤとまゆおはその思いを確かめるように見つめ合ったのだった。
* * *
「まゆお、いろはの様子は――」
暁はそう言いながら医務室に入ると、そこにまゆおと先ほどまではいなかったキリヤの姿を見つけた。
やけに真剣な顔をしているみたいだけど――
「どうした、何かあったのか?」
見つめ合うキリヤたちを見た暁は、首を傾げながらそう問いかけた。
すると、キリヤは笑顔を作り、
「いろははきっと大丈夫って、そう話していたんだ」
そう言ってまゆおと顔を見合わせた。
「そうか――うん、そうだな! きっといろはは大丈夫だ!」
暁はそう言いながら、微笑んだ。
キリヤたちは今の状況を前向きに考えようとしている。だったら俺も俺ができることをするんだ。ここの教師として、俺にしかできないことを――
それから暁たちはベッド横の椅子の腰を下ろし、いろはが目覚めるまで待つことにしたのだった。
――数時間後。
「んん。……あ、れ。アタシ……」
「いろはちゃん、大丈夫!? どこか痛くない!?」
まゆおは椅子に座ったまま、身を乗り出し、両手をベッドに手をつけてそう言った。
そしてそんなまゆおの勢いに、いろはは目を丸くしてから、
「どうしたの、まゆお!? アタシは大丈夫!! 痛いところもないよ! 心配してくれて、あんがとね」
そう言って微笑んだ。
まゆおはそのいろはの姿を見て、ほっとした顔をしていた。
そんなまゆおたちを見た暁は、
暴走はしていないみたいだな。よかった――
そう思いながら、安堵のため息を吐いたのだった。
それから暁の隣にいたキリヤが真剣な表情をすると、
「いろは、無理はダメだからね。今日はこのままここで休んで」
心配そうな声でそう言う。
すると、いろははその言葉に不服そうな顔をして、
「……わかった。でもそんなに大したことはないんだよ? いつものことだし」
口をとがらせながらそう答えた。
「いろはちゃん。無理はダメ! いつものことだとしても、それが積み重なって、大ごとになる可能性だってあるんだから」
まゆおはいろはの顔をまっすぐに見ながら、語気を強めてそう言った。
「……うん。わかった」
しゅんとするいろは。
「さみしくならないように、僕がずっとここにいるから」
まゆおはそう言って、いろはに優しく微笑む。
「ありがとう、まゆお」
そしていろはも笑顔で返したのだった。
「先生。どうやら僕たちは邪魔ものみたいだね」
「ああ。そうみたいだな」
そう話しながら暁とキリヤは視線を合わせると、こそこそと医務室を後にした。
――廊下にて。
「キリヤ、ありがとな。いろはのことを教えてくれて」
「僕は僕が今できることをしただけだよ」
キリヤはそう言って笑った。
「そういうところにいつも助けられるんだよな」
「ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいよ」
キリヤはそう言って笑う。
しかしそんなキリヤを見た暁は、引っ掛かりを感じていた。
何かあれば、必ず何があったと聞いてくるキリヤのはずだけど……今回はやけにあっさりしているような――
「……キリヤは聞かないのか、今の状況を。勘のいいキリヤなら、何かに気が付いているんじゃないか?」
暁は探るようにキリヤへそう問いかけた。
「もし気が付いていたとしても、先生から教えてくれるまでは聞かないよ。僕は先生の口から真実を聞きたい。だから先生が言ってくれるまで、僕は信じて待つよ」
キリヤは何かを察した顔でそう答える。
「そうか。わかった……ちゃんと解決したら、すべてを話すよ」
「うん。待ってる」
キリヤ、すぐに話せなくてごめんな。でも……ありがとう――
そして暁たちはそれぞれの自室に戻ったのだった。
* * *
――キリヤの自室にて。
「はあ」
キリヤは椅子に座りながら、そんな大きなため息を吐く。
すべての真相を知っていること。そして特別機動隊に黙って参加していること。その2つの嘘をついた自分に対して、キリヤは罪悪感を抱いていた。
「信じて待つ、か……」
でも、これはきっと仕方のないこと。なんだよね――
それからキリヤは小さく頷くと、すべてが解決したら、僕も真実を先生に語ろう――そう決心したのだった。
「こんな気持ちをかかえたまま、前に進んでは行けない。だから、早くこの事件を解決しなくちゃ。いろはやまゆおだけじゃなく、僕自身の為にも、ね……」
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