第21話ー⑪ 眠り姫を起こすのは王子様のキス

「ここはどこなんだろう」


 そう言いながらいろはが周りを見渡すと、そこには真っ白な世界が広がっていた。


「誰かいないのかな?」


 いろははそう呟きつつ、まっすぐ歩きだす。それからしばらく歩くと、いろはの目の前に大きな森が出現した。


「なんか、この展開見たことがあるような……」


 そう言いながらも、歩みを進めるいろは。


 そしてその森の奥まで進むと、そこにはかわいらしいお家があった。


「これって、もしかして!?」


 いろははそう呟き、その家に見蕩れていると、


「~♪」


 どこかから聞こえる陽気な歌声を耳にする。


「あれ。この歌は――」


 いろはがその歌声の主を探すと、そこには小さい妖精たちがいた。


「わあ! 小人だ!!」


 それからいろはは、そこにいた小人の姿に興奮して、小人たちの前に姿を現す。


 小人たちは初めこそ驚いていたが、いろはが悪い人間じゃないと気が付くと家の中に招いた。


「これが憧れた白雪姫の世界! アタシ、白雪姫になれたんだ!!」


 そしていろはは、その家で楽しそうに過ごしていた。今までのすべてを忘れるように。


 それから数日後。小人たちは森に木を切りに出かけていき、いろはは家でお留守番をすることになった。


「今日はどんな楽しいことが起こるんだろう」


 いろはは心を躍らせながら、一人で小人たちの帰りを待っていた。


「……あれ、アタシ。何か大切なことを忘れているような」


 不意にそんなことを思ういろは。


 すると、トントンと扉をたたく音が家に響く。


「みんな、もう帰ってきたのかな?」


 そしていろはは扉を開けると、そこには黒いローブを被る老婆の姿があった。


「こんにちは。わしは通りすがりのもんだよ。お嬢さん。よかったら、このリンゴを食べないかい? 一人じゃ食べきれなくてねぇ」


 そう言って真っ赤なリンゴをいろはに差し出す老婆。


 あれ、もしかしてこの展開って――


 いろはは差し出されたリンゴを見て、ふと思う。 


 ここは白雪姫の世界、なんだ。じゃあアタシがここでリンゴを食べなければ、ここでずっと楽しく暮らしていけるってこと――?


「今はいらないかなぁ。さっきご飯食べたばっかりで、お腹がいっぱいなんだよね!」


 あはは、と笑ってそう答えるいろは。


「そうかい……」


 婆はそう言いながら、肩を落とす。


「ごめんね、お婆さん」

「いいや。いいんじゃよ。お主がこっちの世界にいてくれたら、みんな幸せじゃ」


 そう言ってからリンゴを袖にしまい、老婆はいろはに微笑んだ。


「あり、がと……」


 しかしいろはは素直に喜べなかった。心のどこかで何かが引っ掛かっていると思ったから。


「じゃあ、わしはこれで」


 立ち去ろうとする老婆。


「ま、待って!」


 いろはは老婆を呼び止める。


「なんじゃ?」

「えっと、あの……やっぱりリンゴ、もらおうかなあ」


 いろはは頬を掻きながらそう言った。すると、


「お主は本当にその選択でいいんじゃな?」


 いろはの顔をまっすぐに見て、老婆は問う。


「え……?」

「これを食べれば、元の世界に戻れるじゃろう。だが、お主は現実と向き合うことになるぞ」

「現実……?」

「そうじゃ。両親がお主に何をしたのか、それを知ることになる」


 その言葉に俯くいろは。


「その覚悟がないのなら、やめておいた方がいい。ここなら、お主は傷つかずに生きていけるのじゃ」

「……でも、でもそれじゃ、大事な人にはもう会えないってことだよね」


 いろはは俯いたまま老婆にそう告げる。


「そうじゃな」

「それは……嫌だ! 私はもう一度、まゆおに会いたい!」

『ふふふ……そっか。あんたは決めたんだね』


 その聞き覚えのある声にいろはは顔を上げた。そして、それを見たいろはは目を丸くする。


「え、なんで……アタシ?」


 目の前にいた老婆は、いろはの姿になっていたのだった。


『ほら。大事な人が待っているんでしょ? じゃあ、早く戻らなきゃ』


 そう言ってリンゴを差し出すもう一人のいろは。


「うん!」


 そしていろははそのリンゴをかじり、眠りについたのだった。



 * * *



 まゆおは眠るいろはを静かに見守っていた。


「ちゃんと帰ってくるよね。僕、待ってるから。いつまでも……」


『ポイズン・アップル』は毒リンゴ……そして毒リンゴを食べて、永遠の眠りについた白雪姫を目覚めさせたのは――


「王子様のキスか……」


 いろはの顔を見て、そんなことを呟くまゆお。


 もしも僕のキスで、いろはちゃんが目覚めるのなら――


 そしてまゆおは、いろはの頬にそっと口づけをした。


「……くすぐったいよ」

「いろはちゃん!? いつ目が覚めたの!?」


 まゆおは驚いて、いろはから離れた。


「まゆおがキスした時、かな」

「あ、ご、ごめん。僕……勝手に……」


 まゆおは顔を赤らめながら、謝った。


「あはは。別に嫌じゃないから、いいよ。そんなに謝らないでよ」


 そう言いながら、いろはは身体を起こす。


「起きて大丈夫なの?」


 まゆおはオロオロしながらそう言った。するとそんなまゆおを見たいろはは、「くすっ」と笑い、


「心配しすぎだよ! ちょっと眠っていただけだから、大丈夫」


 そう答えたのだった。


「でも、ほんとに?」

「うん。というか、アタシはどうしちゃったわけ? それにここどこ!?」


 そう言って辺りを見渡すいろは。


「そうだったね……説明しなくちゃいけなかったよね。うーん。何から話せばいいのか――」


 まゆおが腕を組みながら、考えを巡らせていると、


「おーい、まゆお! いろはの調子はどうだ?」


 そう言って暁が部屋に入ってきたのだった。

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