第21話ー⑫ 眠り姫を起こすのは王子様のキス
「おーい、まゆお! いろはの調子はどうだ?」
暁はそう言いながら、部屋に入る。そして暁はベッドから身体を起こしているいろはにすぐに視線を向けた。
「いろは!? 起きたのか!! 大丈夫か!! 変なところとかないか!?」
「もう、センセーも何!? だからアタシは大丈夫だって!!」
元気そうに暁の問いに答えるいろは。
見た感じは何の異常もないみたいだな――
そう思いながら、ほっと胸を撫でおろす暁。
「大丈夫ならよかった」
「それで、センセーもまゆおも何なの? ちゃんと説明してくれない?」
いろははそう言って、頬を膨らませる。
それから暁はいろはの中にあった『ポイズン・アップル』のことを話した。
「そんなものがアタシの中に……」
そしていろはは胸に手を当てて、何かを思うようにそっと目を閉じていた。
「いろはちゃんの両親はいろはちゃんの身体を使って、お金に換えていたんだ。僕は、そんないろはちゃんの両親を許せないよ!!」
まゆおは声を荒げてそう言った。
「まゆお。お前の気持ちもわかるけど、いろはの前だぞ」
暁はそう言ってまゆおの方を見る。
「でも、先生! あのままだったら、いろはちゃんは一生眠ったままだったかもしれないんですよ! いろはちゃんの両親はそのリスクだって、わかっていたはずなのに!! それなのに、何が宝だ……お金欲しさに自分の子供を利用していただけじゃないか!!」
まゆおは拳を握りしめながら、自分の思いを口にする。
そしてそんなまゆおの手をそっといろはが包んだ。
「そんなに思ってくれてありがとう、まゆお。すごくすごく嬉しいよ」
「いろはちゃん……」
「でもね、どんな親であってもアタシの両親はその2人だけ。だから、アタシは2人のことを嫌いになれないんだよ」
「でも」
「まゆおがアタシの代わりに傷つくことなんてない。アタシは2人を許す……だからまゆお。もうそんな悲しい顔をしないで、笑って? いつもみたいにさ」
そう言って、いろははまゆおに優しく微笑みかけた。
そしてまゆおは握っていた拳をほどき、「うん」と小さな声で頷いた。
一時はどうなることかとヒヤヒヤした暁だったが、いろはのおかげで何とかなったみたいだと安堵の息を漏らす。
そして、お互いがお互いを支えあうそんなまゆおといろはの関係を暁は少し羨ましく思うのだった。
しかし何はともあれ。誰も傷つくこともなく、無事に事を終えられたことは本当に良かった。キリヤや優香、まゆおの頑張りで、いろはの未来は守られたんだな――
「センセーどうしたの!? 泣いてんじゃん!!」
「え?」
そう言われた暁は自分の手で頬に触れた。すると、その手に水滴がついていたのだった。
「ほん、とだ。なんでだろうな。なんだか、ほっとしたら……」
涙を拭いながら、暁はそう言った。
「最近、センセーからの視線が熱かったのは、アタシのことを心配してたからなんだよね。……あんがとね、センセー。だからもう泣かないでよ!」
そう言っていろははニコッと笑う。そしてそんないろはを見たまゆおもホッとした顔で笑っていた。
「ああ、わかったよ」
そう言って暁もいろはたちに笑いかけたのだった。
いろはに『ポイズン・アップル』が埋まっていることに気が付いてから、そんなに期間はたっていないけれど、それでもすごく長い時だったように思う。
でもこれでやっと終わったんだ。ようやくいつも通りの日常に戻れるんだな――
そしてその後、いろはは再び検査を受けるために検査場へ連れていかれ、暁とまゆおは施設にも戻ることにしたのだった。
それから数日後、いろはは研究所から戻ってきた。
「おかえり、いろは! 大丈夫か?」
暁がそう尋ねると、
「あ、ああ。うん。大丈夫!!」
いろはは浮かない顔をして、そう言った。
「ん? そうか……」
なんだかいつもより元気がないような――?
そう思いながら首を傾げる暁。
その後、暁がどれだけ理由を聞いても、いろはは「大丈夫」とだけ言い、元気がない理由を話すことはなかった。
そして心配になった暁は所長に連絡を取ることにしたのだった。
「施設に戻ってから、いろはの元気がないみたいなんですが。何かあったんですか?」
『そうか……彼女は自分で話すと言っていたが、やはり覚悟が決まらなかったのだろう』
何かを知っているような口ぶりでそう言う所長に、
「どういうことですか?」
暁はそう尋ねる。
『……彼女の検査をしたら、『ポイズン・アップル』の消失ともう一つわかったことがある』
「もう一つ、わかったこと?」
『ああ、能力のクラスダウンだ。S級クラスからC級クラスに低下していた。まあそれが彼女本来の能力値なんだろうね』
「なんだ、そんなことか。驚かさないでくださいよ! どこか悪いんじゃないかって不安になったじゃないですか! ……でもそれといろはが元気をなくすのとどんな関係が?」
疑問はそこだ。たかが能力のクラスダウンくらいで、いろはが落ち込むはずもない。いろはは俺たちにどんな話をしようとしていたんだ――?
『そう、だね。クラスダウンは確かに直接的には関係のないことだ。だけどね、『ポイズン・アップル』被害者は政府から目をつけられる。しかもチップを破壊したとなれば、特に注意が必要だ』
「え、政府から……」
『能力値がS級クラスのままであれば、何とかごまかして施設で過ごすことはできただろう。でもクラスダウンが見つかれば彼女自身だけではなく、今回のことに関わった全員が危ない』
このことに関わった生徒が全員――?
それからキリヤたちの顔を思い浮かべる暁。
「もしかしたら、キリヤやまゆおにも危険が及ぶ可能性があると」
『ああ。だから彼女には別の施設に移ってもらうことにした。彼女と、施設のみんなを守るために』
「そんな……」
それは唐突な話で、暁の思考は追いついていなかった。
いろはが、別の施設に――?
『驚くのはわかる。でもこうするしか方法はなかった。担任である君に相談もせず、勝手に決めてしまってすまない。でも、わかってほしい。他の生徒たちを守るために、必要なことだったんだ』
「いろはは、それを受け入れたんですか?」
『いろは君も初めはショックを受けているようだったが、それでもみんなの為ならと承諾してくれたよ』
「そう、ですか」
いろはが自分で決めたことなら、俺がとやかく言う資格はない。いろはのみんなへの気持ちを俺の感情で踏みにじっちゃいけないから――
『君には生徒たちのヒアリングをお願いしてもいいかい? きっといろは君がいなくなることでショックを受ける生徒もいるだろう』
「はい。そのつもりです」
きっと今回のことで一番ショックを受けるのはまゆおだろう。自分にとって一番大切な存在を失うことになるのだから――
暁は最悪の事態にならないよう、自分にできる最善のことをやろうと誓った。
みんなで、前へ進んでいくために――
『あとのことは頼んだよ、暁君』
所長は申し訳なさそうにそう言った。
「わかりました」
『一番辛い役目を押し付けてしまってすまない』
「いいえ。俺は教師ですから。生徒たちの未来のために俺は俺のやるべきことをやるだけです」
『ああ、頼んだよ』
そして暁は所長との会話を終えると、スマホをそっと机の上に置いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます