第22話ー① いつかまた会えるその日を信じて

 暁は施設内を走り回り、ようやく屋上でいろはを見つけた。


「はあ。ここにいたのか……」


 暁は屋上の柵に手を掛けていたいろはにそう言うと、


「どうしたの、センセー。そんなに息を切らしちゃってさ」


 作り笑顔でいろははそう言った。


「実は、所長から聞いたんだ。いろはのこれからのこと」

「そっか」


 そう言って、俯くいろは。


「いつ、みんなに話すつもりだ……?」


 いろはは俯いたまま、黙っていた。


「いろは?」


 暁がいろはに近づくと、いろははまた無理やり笑顔を作る。


「このまま何も言わずに去ろうかなって思ってさ。そのほうがなんかカッコ良くない? 世界を救ったヒーローって感じ?」


 その言葉を聞いた暁は、いろはの作る偽りの笑顔が妙に痛々しく感じていた。


 どうしてそんな顔をするんだよ。いつもはもっと違う笑顔をしてるだろ、いろは――


「なあ、本当にそれでいいのか? 後悔はしないのか?」

「後悔なんて……」


 そう言って顔をそらすいろは。


「ちゃんと伝えたほうが、きっとみんなも――」

「ちゃんと伝えたとして、みんなが温かく見送ってくれると思う? きっとみんな悲しい顔をするよ。だって、奏多が居なくなった時もそうだったでしょ」


 そう言い俯きながら、拳をグッと握りしめるいろは。



「いろはの言う通りだけど、でも!」


「それにアタシは奏多と違って、もしかしたらもう二度とみんなに会えないかもしれないんだよ? だったらわざわざ辛い別れなんてしたくない! このまま黙っていなくなった方がきっとみんなのためだよ!!」



 いろはは俯いたまま声を荒げ、暁にそう告げた。


 しかし暁は、いろはの言う『みんなのため』というその言葉が妙に引っ掛かる。


 それが本当に『みんなのため』になることなのか? そうじゃないだろう、いろは。それは『みんなのため』なんかじゃなくて――


「なあ、いろは。それは本当にみんなの為なのか? 俺には自分が傷つかない為に逃げようとしているように見える」


 暁の言葉にいろはは肩をぴくっと震わせ、


「そ、そんなこと、ないよ!!」


 焦りながら、そう言った。


 その言葉がもう、答えみたいなものだろう――


「少なくとも俺にはそう見えた。……なあ、いろは。本当にこれで終わりなのか?」

「え……?」


 暁のその言葉を聞き、驚いて顔を上げるいろは。



「俺たちは何の意味もなく出会ったとは思わない。きっと俺たちは何かの運命に導かれて出会ったはずなんだよ」


「運命……?」


「ああ、そうだ。確かに今は別れるときなんだろうけど、二度と会えないなんてことはきっとないさ。またいつか必ず会える。俺はそうありたいと思っているよ。いろははどうだ?」



 暁が笑顔でそう言うと、いろはがゆっくりと口を開き、


「アタシも、この出会いを運命だって思いたい……」


 小さな声でそう答えた。


「そうか」

「……アタシ、みんなに話すよ」

「ああ」


 そしていろはは夕食の時にみんなに話すと告げ、屋上を出ていった。


 暁は屋上にある鉄格子の柵に両手を乗せて、空を見上げる。


 いろはの転校を他の生徒たちはどう受け取るだろう。それに、まゆおはどんな顔をするのかな――


「どんな結果になろうと、俺は俺のやるべきことをやるだけだ」


 そして暁は自室に戻ったのだった。



 * * *



 ――キリヤの自室にて。


「キリヤ君、いる?」


 そう言って優香は、突然キリヤの部屋を訪れた。


「どうしたの?」


 とキリヤが部屋の扉を開けると、


「話があるの」


 優香はそう言って、キリヤの自室に入る。


 それからキリヤは部屋のベッドに腰を掛けて、優香は扉の近くの壁にもたれるように立っていた。


「それで、話って?」

「研究所から戻った速水さんの様子がおかしいなと思って」


 優香と同じように、キリヤも研究所から戻ったいろはがなんだか元気のないように見えていた。


 確かにいろはは、話していても上の空だったり、無理に笑っているように見えた――


 それから優香は近くにあった椅子に腰を掛け、足を組むと、


「これはあくまで仮定の話なんだけど……。もしかして、速水さんはここにいられなくなるんじゃないかなって」


 キリヤの顔を見てそう言った。


「なんで優香はそう思うの?」


 キリヤは真面目な表情で優香にそう問いかけた。


 そして優香は顎に手を当てると、


「だって、『ポイズン・アップル』は政府が極秘で開発していたものでしょう? その実験対象だった速水さんのチップの消失を知れば、きっと政府は何かアクションを起こしてくると思うんだ」


 優香は淡々とそう答えた。


 優香のその言葉にはっとするキリヤ。


「それは……確かに」


 そして優香は椅子から立ちあがり、キリヤの目の前に来るとその場にしゃがみこんだ。


「そうしたら速水さんだけじゃなくて、この施設の存続も危ぶまれる。それを速水さんが知ったとしたら、彼女ならどんな行動を取ると思う?」


 優香は顔を傾けて、確認するようにキリヤへそう尋ねた。


「……きっと、みんなに迷惑をかけたくなくて、ここから去ることを選ぶだろうね」

「そう」


 優香は再び立ち上がるとキリヤに背を向けた。


「じゃあいろはの元気がない理由って、もしかして……」

「本当の気持ちはわからないけどね。あくまで仮定の話」


 優香は肩をすくめてそう言った。


「優香が言うと、なんだか説得力があるんだよね」


 キリヤはため息交じりにそう言った。


 そしてキリヤの言葉を聞いた優香は振り返ると、


「それはどうも。……それで。もしもこれが事実だとして、キリヤ君はどうする?」


 そう言って、真剣な表情でキリヤに問う。


 もしも、真実だったらか……いろはが自分で決めたことなら、僕はその気持ちを尊重したい。きっと僕らが悲しい顔をすれば、いろははもっと悲しく思うんだろう――


「僕はいろはを笑顔で送り出すよ。今は辛くても、いつかまたみんなで笑い合いたいからね」


 そしてキリヤのその答えを聞いた優香は「君らしいね」と言って笑った。


 人生は自分の足で歩んでいくものだ。自分で決めて、進んだ先は誰にもわからない。


 辛いことも悲しいこともあるだろうけど、でもその先にはきっと楽しいことが待っているはずだ――


 今は一時の悲しみでも、未来の自分は笑顔であることを信じて、キリヤはみんなの幸せを願ったのだった。

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