第22話ー② いつかまた会えるその日を信じて
屋上を出たいろははまゆおの部屋の前にいた。
部屋に入るか、入らないか――いろははそんなことを考えて、その場で迷い動けずにいた。
「そういえば、前に同じことがあったなあ」
その時のことを思い出すいろは。
「あの時は確か、食堂でまゆおに嫌なことを言っちゃったんだっけ。『子は宝』か。でも実際はそんなことなかったんだよね……」
いろはがそんな独り言を言っていると、扉が開く。
「いろはちゃん? どうしたの? 扉の前で独り言なんて……入ってくればよかったのに!」
「ははは……そうだよね! なんかちょっと前のことを思い出しててさ!」
そしていろははまゆおの部屋へ入った。
「わざわざ部屋に来たってことは何か話があったんじゃないの?」
いろはがベッドに腰を掛けると、まゆおはそう尋ねた。
「え!? えーっと。なんだったかなあ」
みんなに話す前に、まゆおにはちゃんと言うって決めたはずなのに。アタシ、ダメだなあ――
「いろはちゃん?」
様子の可笑しいいろはを見たまゆおはその顔を覗き込む。
「……覚悟を決めたはずなんだけどね。はあ。アタシって弱いなあ」
そんなことを言いながら、天井を見つめるいろは。
「いろはちゃんは弱くなんかないよ。僕をたくさん助けてくれたし、迷った僕の道を示してくれた。そして僕の手を引いて、いつも笑顔でいてくれる。そんないろはちゃんが弱いはずない」
まゆおは天井を見るいろはの横顔にそう告げた。
そんなまゆおの顔をゆっくりと見つめるいろは。
そっか。まゆおがそう言ってくれるんだもん。アタシもちゃんと覚悟を決めなくちゃね――
「――ありがとう、まゆお。わかった。アタシはアタシらしくいるよ! うん! ようやく覚悟が決まった!!」
そう言って、笑顔になるいろは。
「まゆお。アタシはここを出ていくことになった。『ポイズン・アップル』の被害者施設に移動するの。だからまゆおとはしばらくお別れしなくちゃいけない」
「……え?」
いろはの話を聞いたまゆおは、驚いた顔をして目を見張りながらそう呟いた。
「まゆお?」
「嘘、だよね? なんで、いろはちゃんがいなくならなきゃいけないの!?」
まゆおは勢いよく立ち上がり、悲しそうな顔でいろはの方を見てそう言った。
そしていろははそんなまゆおに優しい笑顔を向けて、その目をまっすぐに見て答える。
「ショックなのはわかる。でもこれはみんなのため。ここでみんなが平和に暮らしていくためには必要なことなんだよ」
「そんなの――!」
「それに、これはまゆおのためでもある!」
その言葉を聞き、まゆおは静止するとそのままベッドに腰を下ろす。
「僕の、ため……?」
いろはは小さく頷く。
「そう。まゆおはここでしっかり勉強して、それでここをちゃんと卒業するの。大人になって、能力のこととか『ポイズン・アップル』のこととか落ち着いたら、きっとまた会えるから。だから、そのために必要な別れなんだよ」
「でも、でもそんな……」
まゆおは俯き、困惑しながらいろはにそう言った。
「アタシはきっとまたまゆおに会えるって信じてる。だから、まゆおも信じて!」
いろはが笑顔でそう言うと、
「本当に、また会える保証、なんて……」
まゆおは俯いたまま、そう言って拳を握る。
「確かに、その保証はない。でもアタシは運命を信じたい。『ポイズン・アップル』が埋め込まれていなければ、まゆおには出会えなかったから」
「そうだけど――」
「ホント、奇跡みたいな出会いだよね。まゆおみたいな有名人とこんなに仲良くなれるなんてさ! 実は私のお母さんがまゆおのファンだったんだよ! いや、本当にまさかの出会いだよね!!」
まゆおは顔を上げながら、
「そう、だったの!?」
そう言って目を丸くする。
「そうそう! ……だからさ、こんな奇跡みたいな時間はもうお終いにしなくちゃいけない。ねえまゆお、この別れは初めから決まっていたことで必然だったんだよ」
「別れが、必然? 何、言ってるの??」
「確かに。こういう時、出会うことが必然って言うべきなのかもね!」
いろははそう言って笑った。
「――まあ、でもさ。別れは新たな出会いの始まりって言うっしょ? だからアタシたちの物語はきっとここで一度終わって、それでまた新たな物語を始めるために出会った。まゆおもそう思わない?」
まゆおの顔を見ながら、いろはがそう言うと、
「新たな物語を始めるために、出会った?」
まゆおはそう言って首を傾げた。
「うん。今は辛くても、また会えた時は今よりももっとまゆおを好きでいると思う。そう思えば、少しの別れも辛く無い! でしょ?」
「……そう、だね。僕もそう思う。この思いはずっと変わらずにあるから」
まゆおは自分の胸を押さえてそう言った。
「まゆお、今までありがとう」
「それは僕の方だよ。ありがとう、いろはちゃん」
そうして2人は見つめあい、微笑んだ。
「そういえばね。研究所で眠っていた時、夢を見ていたんだ」
「夢?」
そう言って首を傾げるまゆお。
「うん。アタシが白雪姫になって、小人たちを楽しく暮らす夢。その中で毒リンゴを差し出されたとき、アタシは食べることを一度断ったの。そうしたら、ここでずっと楽しく暮らせるって思ったから」
「そうなんだ」
「でもね、その時にアタシは気が付いたんだ。ここにいたらもうみんなには――まゆおには会えないって……それは嫌だった。だからアタシは毒リンゴを食べた。そしたらまた、まゆおに会えた」
「うん」
「まゆお、ありがとう」
そう言って微笑むいろは。
そして2人は限りある時間を楽しんだ。
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