第81話ー⑥ 二人を繋ぐもの
「ここは……?」
優香が目を開けると、そこは真っ暗な空間だった。
『久しぶり』
「え?」
その声の方に顔を向ける優香。すると、もう一人の優香がいた。
「私……?」
こっちの世界の私とはなんだか違う感じがする。それに、久しぶりって――
『そう。私はあなた、あなたは私。このやりとりも2回目ね』
「2回目ってことは、前にも私はここへ来たの?」
『ええ。もう忘れてしまっていると思うけれど』
そうか。これが前にミケさんの言っていた『ゼンシンノウリョクシャ』に起こる記憶の欠落――
「でも、なんで私……。別世界に来てから、能力は発動していないはず。それなのに、能力が暴走するなんてこと」
口元を押さえながらそう呟く優香。
『ええ、そうね。今回は違う。私があなたをこの世界に呼んだの』
「あなたが、私を……? でも、なんで」
『あなたに……幸せになってほしいと思ったから』
もう一人の優香は微笑みながらそう言った。
「え? どうして」
『さっき言っていたじゃない。このまま消えてしまった方がいいとかなんとか……』
「そんなことも、言ったかもしれない」
優香はそう言いながら俯く。
『元の世界に戻っても、自分がヒトではいなくなる。だからそうなるくらいならってことだよね』
「ええ」
『本当に、それでいいの?』
他にどうすることもできないんだもん。それがいいに決まってる――
「いい。もう、いいの……私じゃ、キリヤ君は変えられない。それにもし変えられたとして元の世界に戻っても、この世界で見たキリヤ君の笑顔は、元の世界では見られないと思うから……」
『でも、私が私でいられたら?』
そう言って優香の顔を覗き込む、もう一人の優香。
「な、何を言って――」
『もういいんだよ。優香はもう幸せになっていんだよ。好きなことをやったらいいんだよ』
「だけど、私は――!」
『そうだよね?』
もう一人の優香がそう言った先には真っ黒の大きな蜘蛛がいた。
「蜘蛛……? もしかして、私の中にいる……」
『そう。もう、いいんだって』
「どういうこと?」
そして蜘蛛は、優香の母の姿になる。
「お母さん!?」
『それは違うわね。私はあなたの中に棲んでいたただの蜘蛛。今は私の中にある意識から姿を借りて話をしているの』
淡々とそう告げる母の姿をしている蜘蛛。
「そう、なんだ」
『私はあなたの身体を奪おうと思っていた。優秀で完璧で、私はあなたの身体を欲しいと思っていた。でも――』
「でも?」
優香が首を傾げてそう尋ねると、
『あなたを知っていくうちに、私は糸原優香と言う少女の人生をもっと見てみたくなった。知りたくなった。だから私は、あなたを諦めることにした』
優香の顔をまっすぐに見てそう言う蜘蛛。
「私を諦める?」
『ええ。だから、優香。あなたは今日から普通のヒトとして生きて。そして、もっと素敵な未来を見せてほしいの』
蜘蛛はそう言って微笑んだ。
「未来を……」
『そう、あなたに約束されていなかった未来を、あなたに返す』
「じゃ、じゃあ私は――」
『うん。だから自分がやらなくちゃいけないこと、わかるよね?』
もう一人の優香がそう言って微笑んだ。
私がやらなくちゃいけないこと、それは――
「わかった。必ず戻るよ、元世界に。キリヤ君と一緒に!!」
『もう一緒にはいられないけれど、私もこの子も優香のことを見守っているからね。だから、頑張って――』
そして優香の視界は真っ白になった。
* * *
「ま、待って!」
優香はそう言いながら、身体を起こす。
ゆ、夢だったの――?
そう思い、首を横に振ると、
「今は私のやるべきことをやるんだ」
優香はそう言って着替えてから、ホテルを急いで出た。
「考えなしで動くなんて、らしくはないけど……今はやれることをやるんだ」
そして優香が急いで向かった先は、キリヤの家だった。
インターホンを押し、キリヤを呼び出す優香。
「どうしたの、こんなに朝早く……?」
そう言って首をかしげるキリヤ。
そんなキリヤの腕を掴んだ優香は、
「来て!」
そう言って走り出した。
「来てって、どこに!?」
「いいから、走って!!」
それから優香とキリヤは誰もいない公園へとやってきた。
「優香、どうしたの? 本当におかしいよ」
優香はキリヤの両肩を掴むと、
「おかしくてもいい。だから黙って聞いて」
キリヤの顔をまっすぐに見てそう言った。
優香に圧倒されたキリヤは、
「う、うん」
そう言って頷く。
「君は、桑島キリヤ君だよね?」
「そうだよ」
「君は小学生の時、『
「何、言ってるの……?」
きっとわからないかもしれない、でも……少しでも君に届くなら――!
そう思いながら、優香は話を続ける。
「施設を卒業して、2人で研究所に行って……それからたくさんの任務をこなしていったよね。君は友達を失くして、大切なことに気が付いたこともあったよね」
「僕は普通の大学生で、ずっとここに住んでいる。だからそのスノーなんとかって言うのも研究所も……そんなの僕は知らないよ!」
キリヤは語気を強め、優香にそう言った。
「――君は、何も覚えていないかもしれない。でも、君が忘れてしまっていても、これは私が君と過ごしたすべてだから!」
「優香と過ごした、全て……?」
「そうだよ! 他にも、まだまだ――」
それから優香はこれまでのことをキリヤに話し続けた。
『グリム』の任務で見たもの、聞いたもの。そして施設での思い出。
「――私が君に再会できたのは、このバングルのおかげなの。キリヤ君とお揃いのこのバングルの」
そう言って優香は左腕に着いているバングルを見せる。
「バン、グル……」
「私は信じてる。キリヤ君のことを」
出会ったばかりの頃。君が言ってくれたあの言葉に、私は救われた――
それから優香は微笑むと、
「だって、君が言ったんだよ? 『僕を信じろ!』って」
キリヤの顔を見てそう言った。
そしてその言葉にはっとするキリヤ。
「――そう、だ。僕は……未来に行って、それから世界の改変に――優香を『
そして優香はキリヤの左手を握る。すると、キリヤの左手にはなかったはずのバングルが出現した。
「大丈夫。だって私たちはまた会えたから。ほら、このバングルのおかげでしょ」
優香はそう言って、現れたキリヤのバングルと自分のバングルを並べた。
「ははは。そうだね」
「帰ろう、キリヤ君。元の世界に」
「……うん」
キリヤはそう言って微笑んだ。
そして優香はポケットに入れていた『渡り石』を取り出し、元の世界を思い浮かべる。
すると、優香とキリヤの周りが光だし、2人はその場から姿を消したのだった。
* * *
――優香の住むアパートにて。
朝食の支度をしていた優香の母ははっとすると、
「そう。帰ったのね」
そう言って微笑んだ。
「お母さん? 何か言った?」
「ううん。それよりもご飯にしようか」
「う、うん」
優香は嬉しそうに笑う母に首をかしげてそう言った。
そしてそのタイミングで、優香のスマホが振動する。
「ん? あ、キリヤ君か……おはよう、どうしたの? え? いつの間にか知らない公園にいたって――寝ぼけて出歩いちゃったんじゃない? あははは! わかったから――」
楽しそうに電話で話す優香を、優香の母は優しい笑顔で見守ったのだった。
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