第81話ー⑤ 二人を繋ぐもの

 ――ホテルにて。


「これでチャンスが作れたわけだ」


 優香は再び机に向かいそんなことを呟いていた。


「せっかくお母さんが作ってくれるチャンスなんだもの、絶対に生かさなくちゃ」


 それから優香は翌日のための準備をしてから眠りにつくのだった。




 翌日。優香は母から聞いた住所を頼りに桑島家へやってきた。


「ここが、キリヤ君の家……」


 そう呟きながら、優香はキリヤの家を見つめる。


 その家は赤い屋根の普通の一軒家だった。


「じゃあ、インターホンを――」


 そう言ってインターホンのボタンに触れようとした時、


「行ってきます!」


 マリアがそう言いながら家から出てきた。


 そんなマリアと目が合う優香。するとマリアは、


「キリヤ! 優香が迎えに来てる!!」


 家の中に向かってそう叫んだのだった。


「じゃあ、またね優香!」


 マリアはそう言ってウインクをすると、走って出かけて行った。


「いってらっしゃい!!」


 優香はそんなマリアの背中にそう言った。


 そしてしばらくすると、


「優香……?」


 キリヤがそう言って玄関から顔を出す。


「キリヤ君!? お、おはよう」

「おはよう! って、あれ? さっきお母さんと病院に行くから、今日は会えないって言ってなかった?」


 首を傾げながらそう言うキリヤ。


「あ、えっと……やっぱりお母さん、良くなったみたいで!! だから――」

「あはは! わかった。すぐに準備してくるから、ちょっと待ってて」


 そう言ってキリヤは家の中に戻って行った。


「ふう。お母さん、本当に足止めをしてくれたんだ……感謝しなくちゃね」


 そしてキリヤの家の扉を見つめる優香。


 これがたぶん、最初で最後のチャンスかもしれない。だから必ず成功させるんだ――


「うん。頑張ろう」


 それから家の中からキリヤが出てきた。


「お待たせ! どこに行く?」

「お散歩しようよ! いい天気だし」


 優香はそう言ってキリヤに微笑んだ。


「うん!」


 そして優香はキリヤと共に近所へ散歩に向かった。


 その道中、キリヤはずっと他愛ない話をしていた。


 仲間のことや大学の講義の事、そして暁の話。優香はその話を終始笑顔で聞いていた。


 やっぱりここでもキリヤ君は優しくて、仲間想いなんだな――そんなことを思いながら、優香は笑っていた。


 その後、休憩のために立ち寄った公園でベンチに腰掛ける優香たち。


「今日はありがとう、優香」

「え? 私、何にもしてないけど?」


 優香がきょとんとした顔でそう言った。


「ううん。そんなことない。僕の隣にいてくれること、それだけで僕は幸せだから……だからありがとう!」

「ななな、何を――!?」


 顔を真っ赤にしてそう言う優香。


「ねえ優香。これからもずっと、僕の隣にいてくれる……?」


 キリヤは真剣な顔をしてそう言う。


 しかしその顔、その言葉は自分に向けられているものではなく、こちらの世界の優香に言っているという事を察した優香は表情が曇った。


 そんな優香の顔を見たキリヤははっとして、


「ご、ごめん。いきなり何言っているんだろうね、僕。困らせちゃってごめん……」


 そう言って悲し気な表情をする。


 私が「うん」って言ったら、キリヤ君はなんて言おうとしたのかな――


 キリヤの顔を見ながら、優香はそんなことを思った。


「じゃ、じゃあ休憩はここまでにして、また歩こう――」


 そう言って立ち上がるキリヤの腕を掴む優香。


「どうしたの……?」


 驚いた顔をしてそう言うキリヤ。


 私はただお散歩をするために来たわけじゃない。君の想いを聞きに来たわけじゃないんだよ――


「……聞いて」


 優香は真剣な顔でキリヤにそう言った。


「うん」


 キリヤはそんな優香の顔をまっすぐに見つめる。


 信じてもらえるかなんてわからない。でも、やっぱり私はキリヤ君を信じたいから、だから言わなくちゃ――


「私は優香だけど、優香じゃないの。そして君もキリヤ君だけど、キリヤ君じゃない。私達は別の世界から来た人間」


 前にも言ってダメだったけど、今回は諦めない――

 

「だから、元の世界に戻ろう。キリヤ君は覚えていないかもしれないけど、でも大丈夫。あっちに行けば、きっと全て思い出すから! だから――」

「前にもその話、していたよね?」


 そう言って、再びベンチに座るキリヤ。


「……うん」

「それでも、僕は僕だ。僕はずっとここで生きてる。生きてきたんだよ。もしも優香の言う僕が僕じゃないのなら、この記憶はどうなるの? 優香やみんなと過ごしたこの記憶は……全部、嘘なの?」


 キリヤは優香の目をまっすぐに見て、そう告げる。


「そ、それは――」


 目をそらす優香。


 嘘、じゃないんだと思う。この世界にいたキリヤ君が生きてきた記憶。だから嘘じゃない。でも、それは君にとっての本当じゃないんだよ――


「優香、ちょっと変だよ。本当にどうしたの? やっぱりどこか悪いんじゃ――」

「ううん。大丈夫……もう、大丈夫だから」


 そう言って立ち上がる優香。


 やっぱり私の言葉じゃ、キリヤ君には届かないんだ――


「ちょっと用事を思い出したから、帰るね」

「送ってい――」

「大丈夫! 本当に大丈夫だから……」


 キリヤの伸ばした手を拒みながら、優香はそう言った。


「で、でも!」

「じゃあ、さようなら。キリヤ君!」


 そして優香は走ってその場を去った。




 ――ホテルにて。


 優香はベッドに顔を埋めていた。


「せっかくチャンスをもらったのに……私じゃ、役不足だったってことだよね」


 そう言って深い溜息をつく優香。


「……うまくいかないかあ」


 そう言って仰向けに寝転がり、天井を見る優香。そして手を伸ばしながら、


「『蜘蛛』の力が使えたら、違ったのかな……」


 そう呟いた。


 そしてある異変に気が付く。


「あれ、バングルが薄くなってない?」


 この世界に来る前、神主に言われたことを思い出す優香。


「そうか、私もこの世界に馴染みつつあるんだ。じゃあこのままじゃ私は消滅するか、こっちの私と一つになるってことなのかな……」


 もう、どうでもいいや――そんなことをふと思う優香。


 キリヤの記憶は戻らない上に、自分の言葉をまったく信じてくれない。そしてバングルも薄れ始めているという最悪な状況の優香。


 だったら私はこのまま消えてしまった方が、たぶんキリヤ君のためなんじゃないか――と優香はそんなことを思っていた。


「元の世界に戻っても、私は蜘蛛になるだけだもんね……だったら、戻らないって選択肢があってもいいと思うんだ」


 あちらの世界で悲しむ人はいるだろう。しかし、こちらで幸せになれるのなら、こちらに残ることが最善なのでは――? 優香は徐々にそう思い始めていた。


「私はキリヤ君と一緒に居たいだけなんだもの……」


 そして優香はいつの間にか、眠りに落ちていたのだった。

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