第77話ー③ 物語はハッピーエンドがいいよね!

 武道館裏にある公園で、いろはは俯きながらベンチに座っていた。


「いつまでそうしているつもりなの?」


 いろはの母はそう言って、心配そうな顔をしていた。


「いいじゃん、放っておいてよ……」

「ほら、何かの勘違いってことも――」

「お母さんも見てたでしょ? まゆお、すごく楽しそうに笑ってた。もうアタシのことなんて、忘れちゃったんだよ」


 俯いたまま、いろははそう言った。


「でも――」

「もういいのっ!!」


 語気を強めてそう言ういろは。


「はあ……そうだとしても、せっかくここまで来たんだし、大会は最後まで見ていこう? ちゃんとけじめつけないと、いろはだって前に進めないよ」

「いい……アタシはここにいる。だって、まゆおの顔見たら、辛くなるじゃん」

「いろは……」


 そう言って、困った顔をする母。


 まゆおはアタシのことをずっと待っていてくれるだなんて、その考えが甘かったんだよね。アタシが勝手にそう思い込んだだけなんだ。だからまゆおは何も悪くない。仕方なかったんだよ――


「アタシだけが、こんなに好きだったんだな……」


 ぽつりといろははそう呟いた。すると、


「え、なんで――?」


 そう言って驚く母の声。


 いろはは、一体何事かと顔を上げるとその瞬間、誰かがいろはをぎゅっと抱きしめた。


「え――?」


 唐突のことに驚き、目を丸くするいろは。


「会いたかった。ずっとずっと会いたかったよ、いろはちゃん……」


 聞き覚えのあるその声に、いろはは自分を抱きしめている存在が誰なのかを知る。


「ま、ゆお? なんで?」

「さっきいろはちゃんを呼ぶ声が聞こえて、追いかけて行ったら……いろはちゃんがいた」


 アタシのことを追いかけてくれたの――?


 そしていろはは先ほど見た、光景を思い出す。まゆおとショートヘアをした綺麗な女性が仲睦まじく話していた姿を。


「で、でもまゆおには素敵な彼女さんがいるじゃん! こっち来たらダメでしょ!!」


 そう言っていろははまゆおから離れようと肩を押す。


 う、動かない!? それにこんなに体格良かったっけ!? 能力を使えば、引き離せるけど……それじゃまゆおに怪我をさせちゃうかもしれないし――


 そしてまゆおは少しだけ身体をそらし、いろはの方を向く。


「彼女さん……? それって、誰のこと??」


 まゆおはそう言って首をかしげた。


「さ、さっき話してたじゃん! 綺麗なショートヘアの人!! 彼女なんでしょ!!」

「え……もしかして、葵さん――マネージャーのことを言っているの?」


 きょとんとした顔でそう言うまゆお。


「マ、マネージャー!? でも、あんなに楽しそうに……」

「確かに仲良くさせてもらっているけど、マネージャーは部長の彼女さんだから! 僕とはそういう関係じゃないよ?」


 そう言いながら、クスクスと笑うまゆお。


 それを聞いたいろはは顔から火が出そうなくらい真っ赤になり、


「紛らわしいじゃんっ!!」


 まゆおに向かってそう言った。


「ごめんね、あはは! でもありがとう。会いに来てくれて、すごく嬉しかったよ」


 そう言って、まゆおは再びいろはを抱きしめる。


 あ、やばい。心臓の音とか聞こえてたら、どうしよう――


 そう思いながらもまゆおの体温にほっとするいろは。


 そしてふと視界の端に母の姿が見えたいろはは、我に返る。


「公共の場なんだし、ちょっと恥ずかしいかなって思うんだけど……」

「わかってる。でももう離れたくないから」


 そう言ったまま離れないまゆお。


 嬉しいよ!? 嬉しいけど! でも、これ以上はアタシの心臓がもたないって――!


「でも、そろそろ戻らないとじゃない? アタシのせいで剣道がおろそかになるのは嫌だなって思うんだ!」

「……そっか。いろはちゃんに嫌だって思われるのは、僕も嫌だよ」


 そう言ってまゆおはいろはから離れる。


 少し寂しく思いつつも、いろはは「ふう」と安堵の息を漏らした。


「じゃあ、大会頑張ってよ? アタシに優勝をプレゼントしてよね!」


 いろはがウインクをしながらそう言うと、


「わかった! 僕、必ず優勝する!! だから、僕だけを見ていて」


 まゆおはそう言って微笑んだ。


「うん!!」


 それからまゆおは剣道部員の待つ場所へと戻って行った。


「青春ねえ」


 いろはの母はそう言いながら、ニヤニヤと笑っていた。


「も、もう! そういうのやめてよっ!!」


 いろはは顔を真っ赤にしてそう言った。


「うふふ。いいじゃない! 年甲斐もなく、きゅんきゅんしちゃった☆」

「お母さん――!」

「ほらほら! いろはの王子様を見に行くよ~」


 そう言って母は楽しそうに武道館へ向かって歩きだした。


「ま、待ってよ! あと、恥ずかしいから王子はやめてって!」


 そう言って母を追ういろは。


「でも、いろははなりたかったんでしょ? 白雪姫に」

「――うん。でも、もういいんだ」


 悟った顔でいろははそう言った。


「え?」

「白雪姫になれなくても、アタシは――速水いろはだから」


 そう言って微笑むいろは。


「どういう意味……?」

「別に、意味なんてないよ! ほら、行こう!!」


 いろははそう言って、武道館に向かって走り出した。


 白雪姫じゃなくても、アタシにはちゃんと白馬の王子様がいたってこと――!

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