第77話ー② 物語はハッピーエンドがいいよね!

 ――数日後。


 いろはといろはの母は剣道の大会を見るため、都内にある某武道館を訪れていた。


 ここに、まゆおがいるかもしれないんだ――


 そう思いながら、いろはは目の前に建つ武道館をじっと見つめる。


「そういえば、大学の名前は知っているの?」


 母は隣に立ついろはにそう問うと、


「ううん。何も聞いてないし、それに出ているかだってまだわからないでしょ」


 いろはは武道館を見つめたままそう言った。


「それもそうか……とりあえず、観客席に行ってみよう。そこからだったら、見つけられるかもしれない」

「そうなの?」


 母の方を見て、いろはは首を傾げながらそう言った。


「うん!」

「じゃあ、急ごう!!」

「はいはい」


 それからいろはと母は観客席へと向かった。




「いや、絶対無理でしょ!?」


 観客席からフロアを見つめて、いろははそう呟いた。


「そんなことないって!」

「だってさ! このフロアで何か所も剣道やってるよ!? しかも顔見えないし!! どうやって探すって言うのさ!!」


 いろははフロアを指さしながら、母にそう訴える。


「それは――愛のパワーに決まっているでしょ?」


 ニヤニヤと笑いながら、そう言う母。


「はあ!? マジで言ってんの!?」

「あはは、冗談よ! ほら、見て? 名前が分かりやすくなっているでしょ?」


 母がそう言って指をさし、その方に視線を向けるいろは。そしていろはは目を凝らしてよく見てみると、選手一人一人に名前の書いてある布があることに気が付く。


「あれは?」

「あれは垂ネームって、みんな呼んでいるかな。まあゼッケンみたいなものだよ! さっきいろはが言ったとおり、みんな同じような胴着を着ているし、お面で顔も見えないから、あの垂ネームを見て、誰だかを判断しているってわけ」

「へえ。そうなんだ」


 さすがお母さん。だてに剣道にはまっていないわけだ――


 そう思いながら、感心するいろは。


「確かまゆお君の苗字は――」

「『狭山さやま』だね。狭い山で『狭山』」


 それから母はフロアをまじまじと見つめる。


「『狭山』はっと……あ、いた!」

「え!? ど、どこ!!?」

「ほら、あそこ」


 母が指を差した方を見るいろは。


 そこには『狭山』と書かれた名札をつけた剣士がいた。


 お面をつけているから、あれが本当にまゆおかどうかなんて、わからないな――


「そのうち休憩時間になるから、その時に会ってみればいいじゃない?」

「あ、会うって!? でも今日は試合だし、邪魔したくないし……」


 もじもじしながらそう言ういろは。


「今日は会うためにここへきたんでしょ? 何、怖気づいているの!」

「そう、だよね。わかった!」


 それからしばらくいろはと母は試合を観戦して楽しんだのだった。




 ――数時間後。


「勝手にこんなところに入ってもいいのかな」


 いろはは辺りをキョロキョロと見ながら歩き、母と共に会場の裏にある選手控室を目指していた。


「休憩時間なんだし、大丈夫でしょ! それに、ばれたら怒られる前に逃げればいいじゃない?」


 なんかお母さん、楽しそうなんだよね――


 母の顔を見てそんなことを思ういろは。


「お母さんって、そんなことを言うタイプだったっけ?」

「だって、私はいろはのお母さんよ?」

「そう言われると、納得しちゃう自分が怖いわ」


 ため息交じりにそう言ういろは。


「あはは! あ、いたいた! あの大学じゃない?」


 そう言われていろはは顔を向けた。するとそこにはまゆおと、


「あの女の人、誰だろう……」


 ショートヘアの綺麗な女性が仲睦まじく話していた。


 まゆお、楽しそう……そう、だよね。大学生にもなれば、素敵な出会いだって――

 そしていろははその場から逃げるように走り去る。


「い、いろは――!」


 後ろから聞こえる母の声に振り返ることなく、いろははただその場から全力で逃げ出したのだった。



 * * *



 武道館の裏側。まゆおの所属する剣道部員は、集まって休憩していた。


 まゆおは1人、距離を置いて座っていると、そこへショートヘアの女性が歩み寄る。


「まゆお君、お疲れ様。調子はどう?」


 まゆおの先輩で剣道部のマネージャーである、春野はるのあおいはそう言った。


「お疲れ様です、葵先輩。調子は――ぼちぼちってところですかね」


 まゆおはそう言って笑った。


「ごめんね、昨日の特訓が利いてるんでしょ? 部長には私の方から注意しておくね。あの人、すぐに調子に乗るんだから」

「あはは……」

「でもそれは、まゆお君が来てくれて嬉しかったからって言うのはあるかもしれないけどね」


 そう言って葵は微笑んだ。


「そう、なんですか?」

「ええ。あなたの名前を見た時、部長も他の子たちもすごく喜んでいたんだよ? 同世代のスーパースターがうちの剣道部に!? って!」

「僕なんて、そんな……」


 僕はただ剣道しかできない人間だっただけ。そんなことを言ってもらえるような奴じゃない――


 そう思いながら、俯くまゆお。


「謙遜なんてしなくてもいいんだよ。あなたが頑張ってきたから、みんなはあなたに期待するの。だからあなたらしい剣道をしてくれれば、みんなはきっと嬉しいんだと思うよ」


 葵のその言葉に顔を上げるまゆお。


 そして、当時の自分の事をポジティブに捉えてくれていた人達の存在を、まゆおは実感したのだった。


 これまでの事を、いつまでも悔いてばかりはいられないよね。僕は僕のできることをしよう――


「そうだったら、嬉しいですね。ありがとうございます」

「だからまゆお君がうちの部に入ってくれて、本当によかったわ。ありがとう!」

「僕も――みんなに出会えて、本当によかったって思っています!!」


 そう言って微笑むまゆお。


「それで、午後だけど――」


『いろは、待ってってば――!』


 遠くから聞えたその言葉に、はっとするまゆお。


「今のって……」

「どうしたの?」


 葵はそう言って首を傾げた。


「あ、あの……話はあとからいくらでも聞きますので、少しだけ行ってきてもいいですか?」

「え、う、うん。珍しいね、まゆお君から頼み事なんて」

「すごく大事なことなんです! じゃ、じゃあ!!」


 そしてまゆおは声がした方に向かって走っていったのだった。

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