第77話ー④ 物語はハッピーエンドがいいよね!

 ――大会後、武道館前。


「今回はダメだった……でも、来年にこの敗北を必ず生かしてくれ! 俺たちはここで引退だが、お前たちの活躍を期待しているからなっ!!」


 そう言いながら、ジャージを着た青年はまゆおたち剣道部員の前で涙を拭う。


「ほらほら、泣かないの! 部長なんだから、最後くらいカッコつけないと」

「葵――そう、だな!! みんな、カッコ悪いところを見せて悪かった!」


 そう言って部長は微笑んだ。そしてそんな部長の顔を見た部員たちは笑顔になったのだった。


 それから現地解散になった剣道部員たち。そしてまゆおは1人で部長の元へと向かった。


「どうした、狭山。まだ、帰らないのか?」

「あの部長……ありがとうございました。僕を部に歓迎してくれたこと、本当に感謝しています」


 まゆおはそう言って頭を下げた。


「狭山! 俺の方こそありがとな! 弱小の剣道部だったのに、狭山が来てくれて、本当に嬉しかった。それにここまでこれたのも、狭山の活躍が大きい! だから部に入ってくれて、本当にありがとう! そして一緒に剣道ができたことを誇りに思うよ」


 部長はそう言って微笑んだ。


「ぼ、僕はそんな! お礼をしなくちゃいけないのは、僕の方なのに!」

「謙遜するなって! 俺たちの世代ってみんな、狭山に憧れて剣道を頑張ってきているんだよ。だから憧れの存在と共に過ごせたことが、誇らしいんだ。だから、本当にありがとう!!」

「部長……」


 僕は今まで剣道しかできないダメな人間だって思って生きてきた。でも僕のやってきたことが誰かの光になっていたなんて――


「僕も、部長と……この剣道部のみんなに会えて、本当によかったです。僕を認めてくれて、本当に本当にありがとうございます!」

「これからもみんなを頼んだぞ。狭山の存在が、みんなを明るく照らしてくれるからさ!」

「はいっ!!」


 そして部長たちを別れたまゆおは駅に向かって歩きだした。


「部長たちが僕のことをそう思ってくれていたなんて。……僕はこれからも僕にできることをしよう。仲間だって言ってくれた、部員みんなのために――」


 そう呟きながら歩いていると、


「まゆお、お疲れ様!」


 そう言っていろはは微笑みながら姿を現した。


「いろはちゃん!? もしかして、終わるまで待っていてくれたの?」


 首を傾げながらそう言うまゆお。


「うん! だって、ここで別れたら、次いつ会えるのかわからなかったからさ」

「いろはちゃん……」

「だからまたすぐに会えるよう……連絡先、教えてよ」


 そう言っていろははスマホを取り出して、ニッと笑った。


「うん! もちろん!!」


 それからまゆおたちは近くにある公園のベンチに座る。


「そういえば、お母さんはどうしたの?」

「さあね。気を遣って、どこか行っちゃった!」

「そうなんだ……なんか、ごめんね」


 そう言って申し訳なさそうな顔をするまゆお。


「なんで謝んの? 別に謝ることじゃないでしょ? それに、むしろアタシたちの方がごめんだよ! 急に押しかけて、ごめんね!」


 いろははそう言って、顔の前で両手を合わせた。


「ううん。僕は嬉しかったよ。それに、いろはちゃんが見ていてくれるって思ったから、いつも以上に頑張れた気がする。やっぱりいろはちゃんはすごい。近くにいてくれるだけで、僕はこんなに心強いって思うんだもの」


 まゆおはそう言って、「ふふっ」と笑った。


「まゆお……あんがとね! そう言ってくれて、アタシも嬉しいよ」

「うん」


 それからまゆおたちはお互いの連絡先を交換し終えると、お互いに口を開かず黙ってベンチに座っていた。


 いろはちゃん、今どんなことを考えているのかな。もしかして、早く帰りたいとか思っているのかもしれない。そうだとしたら、僕から言ってあげないと――


 そんなことを思いながら、チラチラといろはの様子を窺うまゆお。


「じゃあ、いろはちゃ――」

「まゆおはさ!」

「え?」

「ん?」

「「どうしたの?」」


 見事に重なったその言葉に2人は面白おかしく感じて、お互いの顔を見て笑い出す。


「あははは、どうしたの?」


 いろはが笑いながらそう言うと、


「いろはちゃんこそ! 何か言いかけていたでしょ?」


 まゆおも笑顔でそう言った。



「あ……うん。もしかしたら、まゆおは疲れているんじゃないかなって思って、もう帰る? って聞こうとしたところ」


「なあんだ。僕もいろはちゃんがもう帰りたいって思っているんじゃないかって思っていたから、同じことを聞こうとしてた」


「何それ、めっちゃ面白いじゃん!」


「そうだね」



 そう言ってまたお互いの顔を見つめて笑うまゆおといろは。


「それで、どうなの? 疲れてない?」

「確かに疲れたけど、でもまだいろはちゃんと一緒に居たいから……帰りたくはない、かな?」


 まゆおが照れながらそう言うと、


「は、はずっ!!」


 両手で顔を覆いながら、いろははそう言った。


「そう言う、いろはちゃんは?」

「アタシも……まだ帰りたくない。っていうか、このままずっと一緒に居たいなって思ってる。でもそれはアタシのわがままだから――」


 それからまゆおはそっといろはの肩を抱いた。


「まゆお!?」

「これくらいなら、目立たないでしょ?」


 まゆおは前を向いて、そう言った。


「……うん」


 そう言って、嬉しそうに笑ういろは。


「いろはちゃん」

「何?」

「……えっと」

「肝心なところで男らしくないなあ」


 ため息交じりにそう言ういろは。


「ご、ごめん!」


 この日をずっと待っていたんだ。今日、今ここで言わないと――!


「……好きだよ、いろはちゃん」

「アタシも」

「これからは、絶対に離れたりしない。もうあの頃の弱い僕じゃないから」

「うん」


 それからまゆおはいろはの方をゆっくりと向く。そしていろはもそんなまゆおの顔をまっすぐに見つめた。


「僕と、ずっと一緒にいてくれますか」

「……うん」


 そう言って微笑むいろは。


 そんないろはを見て、まゆおはほっとした顔をする。


「何、その顔はー! もしかして信じてなかったっしょ?」

「そ、そうじゃないよ! やっと言えたな~って安心したんだって!」


 狼狽えながらそう言うまゆお。


「そうなの? うーん、じゃあ許す!!」

「ありがとう」

「んじゃ、アタシはそろそろ帰るよ! お母さんをいつまでも待たせていても悪いしね! それに、これでいつでも会えるから」


 いろははスマホを見せて、ニコッと笑った。


「そうだね! じゃあ、お母さんのところまで送るよ! 1人で歩かせるのは怖いからさ」

「大丈夫だって! 一応アタシはまだ能力者だから、もし何かあっても1人でなんとかできるんだよ?」

「わかっているけど……でも、心配だから! ほら、行こう」


 まゆおはそう言ってから立ち上がり、いろはに手を差し伸べる。


 そしていろははその手を取り、2人は並んで歩き出した。


 もう二度と、あんな別れが来ないように。これからは僕がずっと君の隣で守るから――


 そして母と合流したいろはは、家へ帰っていったのだった。

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