第75話ー① 芽生えた想い

 それは暁が凛子の能力消失を確認のため、研究所に行ったときことだった。


 凛子の検査を終えるまでの間、暁は検査室前の長椅子で座って待っていた。すると、


「暁先生!」


 どこかからそう呼ぶ声を耳にする暁。


 そして暁はその声の方に顔を向けると、そこには白銀ゆめかの姿があった。


「白銀さん、お疲れ様です!」

「お疲れ様。今日は検査に来たんだってね」


 そう言って暁の隣に座るゆめか。


「はい! 凛子の能力が消失したみたいで。その確認の検査です」

「そうか」


 ゆめかはそう言って嬉しそうに笑った。


 白銀さんも施設の子供たちのことを大切に思ってくれているんだな。それはなんだか、俺も嬉しいよ――


 そしてふと、しばらく連絡を取っていないキリヤのことを思い出す暁。


「そういえば、最近キリヤから連絡がなくて……元気にやっていますか?」

「え? ……ああ、うん。そこそこにね」


 そこそこって……なんだか、物凄く曖昧な答えだな――


 そう思いつつ、とりあえずは納得する暁。


「まあ、元気ならそれはそれでいいんですけど」

「あははは……」


 そう言って笑うゆめかの姿が、暁には無理をしているように見えていた。


 なんだか元気がないような……俺の気のせい、か――?


「あの。もしかして、キリヤにな――」

「そうだ! 所長から言われていた今後の件はどうする?」

「え、今後の件?」


 そう言って首を傾げる暁。


「そう。能力者たちの未来についてさ!」

「ああ、そうでしたね」


 所長の話を聞いた後から、暁は自分なりに未来のことをずっと考えていた。


 S級施設の子供たちだけではなく、ももや裕行のような外の世界で暮らす能力者たち。そしてたくやのように能力を持たずに生きてきた人たちのことを。


「今のクラス制度のおかげで国が平和になったことはわかっているんですけど……俺は、それを変えたいって思いました」

「ほう」


 ゆめかがそう相槌を打つと、


 無用な口出しをせずに聞いてくれるってことなんだよな――?


 そう思いながら、暁は話を続ける。



「確かにクラスが分かれて管理されていたほうが、事件や事故のリスクはなくせると思います。でも、クラスを分けることで起こっている問題もあると思うんですよ」


「その、問題って?」


「――無能力者や低級能力者たちへのいじめです」


「確かに、それは大きな課題の一つだね」



 ゆめかはそう言いながら、深刻な表情で頷いた。


「ええ。それで俺は、S級の施設で教師をするようになってから気づいたことがあるんです」

「気づいたこと?」


 ゆめかが首を傾げながらそう言うと、


「はい。違う境遇で生きてきた子供たちは、それぞれの想いをぶつけ合って、心を成長させていく。そして心が成長することで、人としても成長していけるんじゃないかって」


 暁はそう言って微笑んだ。


「……なるほどね」

「だからクラス毎に分けるんじゃなくて、もっといろんな子供たちが関わっていけるように出来たらいいなと思っています。能力者だけじゃなくて、子供たちの心の成長を支援できる学び舎みたいな場所を」


 そう言って笑う暁の顔を見て、ゆめかは顎に手を当てながら少し不安気な顔をする。


「うーん。でもそうすることで低級能力者へのいじめが加速しないかい? クラス制度を失くすという事は、すべてのクラスが一つになる。そうなると、余計に優劣が顕著になると思うけれど」

「そう、ですね」


 白銀さんの言いたいことはわかる。それにこれが簡単なことじゃないことも――


 そう思いながら、視線を下に向ける暁。


「まあ暁先生のやりたいことはわかった。子供たちの心を育てる学び舎か……それが実現できたら、すごく幸せだね」

「ははは。今のところは難しそうですが」


 そう言いながら顔を上げ、暁は苦笑いをした。


「まあでも――三人寄れば文殊の知恵って言葉もあるし、このことは所長に報告しておくよ。私も、暁先生のその夢を実現させたいからね」


 ゆめかはそう言って微笑んだ。


 白銀さん――シロにそう言われたんじゃ、俺も頑張らないとだな――!


「ありがとうございます! 俺ももっと考えてみます、子供たちの未来のために!」

「じゃあ私は、仕事に戻るね! お疲れ様!」


 そう言ってゆめかは立ち上がり、仕事に戻って行った。


「よし、俺も俺ができることを頑張ろう!!」


 それから暁は、検査を終えた凛子と共に施設へと帰っていったのだった。




 ――暁の自室。


「ミケさん。今夜はスイがぎゅーってして寝てあげる! だから寂しくないよお」

「にゃーん……」


 水蓮がミケと楽しそうにじゃれている横で、暁はゆめかに話したことを思い返していた。


 俺の考えが甘いのかな。やっぱり、今の制度を変えるべきじゃないのか――


「うーん」

「先生、どうしたの? 困ってる??」


 ミケを抱いた水蓮が心配そうにそう言って暁の顔を覗き込んでいた。


「あ、ごめんな! ちょっと仕事のことでな。水蓮は優しいなあ」


 そう言って水蓮の頭を撫でる暁。


「くすぐったいよお!」

「あはは! じゃあもう遅いから、早く寝ること! いいな?」

「はあい」


 そして布団に潜る水蓮。


「じゃあ俺は隣の部屋でまだ仕事があるから! おやすみ、水蓮」

「おやすみ、先生~」


 それから暁は自室を出て、職員室にある自分の席に座った。


「クラス制度がなくなったら、SS級の水蓮もここに閉じ込められることなく、自由になれるんだよな……」


 まだ5歳の水蓮は、本当ならばこれからもっといろんなことを経験をして、心を育てていけるはずだった。でも――


「あの年齢で『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』が覚醒して……自由のない人生に、か」


 ゆめかの言っていた言葉を思い出す暁。


『うーん。でもそうすることで低級能力者へのいじめが加速しないかい? クラス制度を失くすという事は、すべてのクラスが一つになる。そうなると、余計に優劣が顕著になると思うけれど』


「問題はそこなんだよな……」


 どんな学び舎なら、みんなが平等な場所になるんだろう――そんなことを思いながら、腕を組んで首をひねる暁。


 そもそもいつから能力者の方が上だと思われるようになった? ほんの20年前までは、無能力であることが当たり前だったはず。むしろ能力者の立場の方が弱いとされていたのにな――


「あれ……もしかしてクラス制度ができたことで、今の環境が出来上がったんじゃないのか」


 クラス制度がない時代はまだ優劣なんてものはなかった。力を測定し、クラスを分けることで己の方が優れていると錯覚する事態になったのでは――? 


「たしかに強大な力は放って置けば危険なものかもしれない。でも正しい使い方を教える環境とその力と共存する未来を考える存在が揃えば、きっと道は開ける!!」


 それから暁はPCを開き、提案書の作成を始めた。


 能力者もそうじゃない子供たちも、みんなが成長できる世界を作るために――

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