第72話ー① 守られた場所

 S級保護施設、エントランスゲート前――。


 暁はその場所に立っていた。


「なんだか久しぶりだな。と言っても5日ぶりなんだけどな」


 そう言ってからエントランスゲートを潜る暁。


「そういえば、水蓮は大丈夫だろうか。ずっと部屋に引きこもって――いや、剛たちが何とかしてくれているはずだ」


 それから職員室に向かう暁。


「もう遅いし、みんな眠っているだろうな……」


 そんなことを呟いて、廊下を進む暁。


 それから真っ暗の職員室に到着した暁は職員室をそのまま通過し、自室へと向かう。そして自室の扉を開けると、そこには水蓮と寄り添って眠る奏多の姿があった。


「か、奏多!?」


 驚いた暁は思わずそう声を上げていた。


「……ん」


 それから目をこすりながら、身体を起こす奏多。そして奏多は何も言わず、ゆっくりと暁の方へ歩み寄る。


「悪い、起こしちゃったか?」


 暁がそう言うと、奏多は黙って暁を抱きしめた。


「か、奏多さん!?」


 突然のことに驚く暁。


「おかえりなさい。必ず帰ってくると信じておりましたよ」

「ああ、ただいま。奏多」


 そう言って暁も奏多をそっと抱きしめたのだった。


 信じてくれていたんだな。そして水蓮のことも心配してくれて……ありがとう、奏多――




 翌日。


 職員室で暁は目を覚ます。


「あれ、なんで俺……椅子を並べて寝ていたんだっけ? ああ、そうか――」


 そして昨夜のことを思い出す暁。



『それでは暁さん、一緒に寝ましょう!』

『え!? いや、それはさずがに――』


 いや。俺もそうしたい気持ちはやまやまだけど――


 さすがに大企業のお嬢様と結婚してもいないのに添い寝なんてしてしまったら、社会的に消されかねないぞと暁は思い、職員室を出たのだった。



「ああ。でも俺、本当に戻ってきたんだな」


 そう言いながら背伸びをして、窓の外を見つめる暁。


「奏多たちはまだ寝ているかな」


 そう言いながら、部屋を覗く暁。


 しかしそこに奏多の姿はなかった。


 早朝で姿がないってことは――


 それから暁は職員室を静かに出て、奏多のいそうな場所へと向かった。




 屋上にて――。


「やっぱりここか」


 屋上の扉を開けて覗き込んだ暁は、朝日を浴びながらバイオリンを弾く奏多を見つける。


 そして暁と目が合った奏多は演奏を止めて、


「うふふ。見つかっちゃいましたか」


 そう言って微笑んだ。


「おはよう、今日も早いな」

「暁さんもですね」


 そう言って見つめ合う2人。


「ごめん、邪魔したよな! 続けてくれ」

「そんなこと言って! ただ演奏が聴きたいだけじゃないんですか?」


 そう言って暁の顔を覗き込むように見る奏多。


「よくわかったな」

「もちろんです! 私は誰よりも暁さんのことを理解していると思っていますから!」


 奏多は自慢げに笑ってそう言った。


「あはは。そうかもな! それに今じゃないと、奏多の音を独り占めできないだろう?」

「――もう! そういう不意打ちはずるいですよ!」


 そう言って奏多はそっぽを向く。


「あははは」


 それから奏多は演奏を再開した。目の前にいる暁のために――。


 そして1曲終えると、暁たちは並んで屋上を出たのだった。




 廊下にて――


「そろそろ水蓮が起きているころ、か。急がないとな」

「大丈夫ですよ。水蓮はもう」

「え……?」

「水蓮は誰かを傷つけたりはしません。その力は、もう水蓮の味方なんですから」


 奏多はそう言って微笑んだ。


「それって……」

「ええ。水蓮自身で力の制御ができるようになりました。だからもう水蓮はみんなと同じ生徒ですよ」

「そうなのか! 良かった……良かったなあ。でも、なんでだ?」

「それはですね――」


 そして暁は奏多から事の一部始終を聞いた。


「そんなことが……本当に良かったよ。奏多も無事で、水蓮も傷つかなくて――奏多、水蓮を守ってくれてありがとう。でも、なんだか俺っていつも奏多には助けられっぱなしだな」

「うふふ、じゃあそろそろお礼がほしい頃ですね!」


 そう言ってニコッと微笑む奏多。


「ああ、わかった。今度、遊びに行こう。2人でな」

「はい、楽しみです!!」


 それから奏多は、目を覚ました水蓮の顔を見てから帰宅したのだった。




「奏多ちゃん、帰っちゃったの……?」


 しょぼんとしながらそう言う水蓮。


「ああ、でも今日の授業が終わったらまた来るって。明日と明後日は休みだから、今夜も一緒に寝られるよ」

「やった! あ、そうだ! その時は先生一緒に寝ようよ!!」

「え!? そ、それは……」


 なぜ、水蓮も奏多と同じ考えになるんだ!? もしかして似ているのかな、奏多と水蓮って――


 そう思いながら、困り顔をする暁。


「だって、スイのパパとママはいつもスイと3人で眠っていたよ?」

「それはな、水蓮。社会的に超えられない壁ってもんがあってな」

「しゃかいてきにこえられないかべ? うーん。スイは難しいこと、よくわかんないや!」


 そう言って笑う水蓮。


「ま、まあそうだよな」


 ため息交じりにそう言う暁。


 そして楽しそうに笑う水蓮を見て、奏多がこの笑顔を守ってくれたのか――とそう思って微笑んだ。


「ミケさんもそろそろ起きる時間かな? ミケさん、先生返ってきたよ!!」

「にゃーん」

「あはは、まだ眠いってさ。じゃあ、先に俺たちはご飯にしよう。お腹空いただろ?」

「うん! 先生と一緒のご飯、久しぶりだね!!」

「おお、そうだな!」


 そして暁と水蓮は食堂へ向かった。


 それから食堂で他の生徒たちに会い、無事に帰還したことを伝える暁。そして暁の顔を見た生徒たちはほっとした表情をしていたのだった。


 みんなも変わりないみたいで安心した。きっと俺がいない間に剛が頑張ってくれたんだよな――


「剛もありがとう。ここを守ってくれてさ」

「俺は何もしていないさ。奏多が来てくれたから……」


 そう言って苦笑いをする剛。


「そんなことはないさ! ここがいつも通りなのは、きっと剛がここを守ってくれていたからだろ? だからさ、ありがとな!」


 そう言って暁は笑った。


「お、おう!」


 剛は恥ずかしそうにそう答えたのだった。


 後から聞いた話だったが、剛は自分のこれからの在り方を少々悩んでしまったらしい。でも奏多の言葉で、自分らしくあろうと決意したんだとか――


 それから朝食後はいつも通りが始まった。


 授業を行い、そして昼食を摂り、午後の授業の後に自由時間をはさんで、今度は夕食。そして夕食の途中で奏多が施設にやってきて、楽しく過ごしているうちにあっという間に夕食を終えたのだった。

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