第70話ー① 残された子供たち

 エントランスゲート前。


 トランクケースを片手に奏多はニヤリと笑い、エントランスゲートを見つめていた。


「うふふ。剛の教師っぷりをしっかりとこの目に焼き付けませんとね」


 そして暁さんから頼まれた、あの子のことを――


 それから奏多はスマホを取り出すと、


「もしもし? 今、エントランスゲートの前にいるのですが――」


 電話の向こうにいる相手へそう伝えたのだった。



 * * *



 暁が施設を出て2日目。S級保護施設はいつもとは違う日常が流れていた。


 食堂にて――。


 シーンとした食堂で剛は一人、食事を摂っていた。


「先生がいないだけでこんなに閑散とするものなんだな……」


 先生からここを任されているのに、俺って何もできないんだな――そう思いながら、食べる手が止まる剛。


「そういえば、水蓮の顔をあれからずっと見ていない気がする。たぶん先生に目を合わせないよう言われているんだろうな」


 ――でもこのままじゃ、水蓮はもう部屋から出てこれないんじゃ……なんでそんな約束をしたまま、先生は水蓮を残したんだろう。


「先生が無意味なことをするはずがない。きっと何か考えがあってのことなんだろうな」


 そしてご飯に箸をつける剛。すると、食堂の外から足音が聞こえる。


 剛はその音の方に視線を向けると、


「火山さん!! 大変です!!」


 織姫がそう言って息を切らしながら食堂へやってきた。


「大変って……何かあったのか?」

「ええ、実は……奏多ちゃんが!!」

「奏多が――?」




 織姫から話を聞いた剛は大急ぎでエントランスゲートに向かっていた。


「奏多がわざわざ……どうしたんだろう」


 剛がエントランスゲートに着くと、トランクケースを持った奏多がゲートの前に立っていた。


「もうっ! 遅いですよ、剛!!」

「悪いって! ほら、これ!」


 そう言って剛はゲスト用のパスを奏多に渡した。


「ありがとうございます!」


 剛からゲストパスを受け取った奏多は、そのゲストパスを使って、エントランスゲートを潜った。


「でもどうしたんだ? 急に施設に来るなんて。それに、先生は今――」

「ええ。先生から話は伺っております! そのうえで施設が今どんな様子か見に来たんですよ」

「そうだったのか」


 先生、奏多にも頼んでいたんだな――


 そう思いながら、剛はしゅんとする。


「それで? どうですか?」


 その言葉にはっとした剛は、


「どう、っていうのは?」


 首をかしげてそう言った。


「ちゃんと先生の言いつけ通りに、生徒たちをまとめられているかってことを聞いているんです」

「そ、それは……その」


 そう言いながら、目を泳がせる剛。


「はあ。そんなことだろうとは思っておりましたけれど」


 ため息交じりにそう言う奏多。


 この言い方は、きっと俺のことを不甲斐なく思ったからなんだろうな――


「はは、きついな……」

「あら? それは私がきつい女って言っているんですか?」

「あ、いや、そんな意味じゃ――」

「まあ剛いじりはこの辺にして……水蓮ちゃんの様子はどうなんですか?」


 奏多から水蓮の言葉が出るとは思っていなかった剛は、驚いた表情をする。


「水蓮のことも聞いているのか?」

「はい。私は先生からは水蓮ちゃんのことを頼まれていたので」

「そうだったのか……」


 きっと俺だけじゃ、心許ないって先生も思ったんだろうな――



「それで? どうなんですか??」


「俺もしばらく顔を見ていなくて……その、部屋から出てこないんだ。能力のことを気にしているんだと思う」


「食事はどうしているんですか?」


「毎日部屋まで持っていくけど、顔は見せてくれないんだ。でも空のトレーだけは部屋の外に置いてあるから、たぶんちゃんとご飯は食べているとは思うけど……」



 そう言って俯く剛。


「剛はなぜ、部屋に入らないのですか」

「え?」


 そう言って顔を上げた剛はとても驚いた表情をする。


「それだけ心配に思っていて、なぜ何もしないのですかと言う意味です」

「俺だって、何もしていないわけじゃ……」

「ご飯を運んで、出てこないからそこに置いたままですか……扉を開けて部屋に入ろうとは思わなかったんですか?」


 俺は先生と違って無効化の力がない。もしも水蓮と目が合ってしまったら――そんなことをふと思ってしまう剛。


「だ、だって、そうしたら……水蓮の能力が誤発動して、それで――」

「自分が石化するのが怖い、と」

「ち、違うっ!! 俺が石化したら、きっと水蓮も悲しむだろう! それに俺だって部屋に入ろうと思った事はあったさ! でも! でも……」


 ああ。そうだ。俺はきっと、水蓮の能力を恐れているんだ。SS級能力者に――


「まあ状況はわかりました。とりあえず建物に入りましょう? 久々に剛とゆっくりお話ししたいですから」


 奏多はそう言って微笑み、建物に向かって歩いていった。


「俺が暁先生みたいな教師になるのは、まだまだ遠い道のりなのかもしれないな……」


 そう呟き、剛は奏多の後を追ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る