第69話ー⑨ 捕らわれの獣たち 前編

「まあ結論は急がなくてもいい。1週間後、もう一度問おう。でもきっと答えは決まっているだろうがね! はははは!」


 そう言って安藤の姿のまま、隼人は部屋を出て行った。 


 そして鉄の扉は閉ざされ、部屋の中は静まり変える。


「先生……」


 優香はそう言って暁の顔を見つめる。


「あいつの言いなりになったら、世界が破滅することはわかっている。でも、従わなければ、生徒たちが……」


 暁は俯きながら、そう言った。


「大丈夫です。きっと『グリム』の人たちが動いてくれます。私達はそれまでの間にできることをしましょう。ここからすぐに出られる準備を」


 優香は暁の方を見て、そう告げた。そして暁はゆっくりと顔を上げて、


「ああ。ありがとう、優香」


 笑顔でそう言った。


 いつからこんなにたくましくなったんだろうな――と優香を見ながら、暁はそう思ったのだった。


「じゃあまずですけど、この建物の構造と出口までの経路を把握しましょう」

「……それってどうするんだ?」

「私の能力を使います」


 優香はニコッと微笑んでそう言った。


「でも能力をあまり使うと、優香の身体に負担が――」

「今はそんなことを言っている場合ですか! 私の身体より、今はこの世界の心配をしてください!! 私一人が消えるのと、全世界の人間が消えるのとではわけが違います!!」


 優香は腕を組みながら、真剣な顔でそう言った。


「優香の言う通りだけど、でも……」


 優香だって『ゼンシンノウリョクシャ』だ。だから無理をしたら、どうなるか――


 そう思いながら、暁は不安な顔で優香を見つめる。


「先生がそんな決断力のない男だとは思いませんでした!! あ、いえ。神宮寺さんから聞いていた馴れ初め話を思い返せば、決断力のない男だったことは明白でしたね」


 優香はそう言って、クスクスと笑う。


「なんで今その話を!? そんなことはどうでもいいだろう! っていうか奏多から何を聞いて――いや。ここから出られたら聞こう」

「うんうん」

「じゃあ優香。少し負担を掛けるけど、良いか?」


 暁が優香の顔をまっすぐに見てそう言うと、


「ええ、もちろん」


 優香はそう返事をしてから壁際へ行き、壁にそっと触れる。


 何をするつもりなんだ――?


 暁はそう思いながら、その様子を黙って見つめていた。


「――うん」


 しばらくして優香はそう呟くと、暁たちの前に戻って来た。


「何をしていたんだ?」

「この建物内にある蜘蛛の巣を把握していました」

「蜘蛛の巣を?」

「はい。そして建物にいる蜘蛛たちが見ているものを、私の目を通して見えるようにして、そして――」


 急に頭を押さえて座り込む優香。


「だ、大丈夫か!?」

「ええ、ちょっと慣れないことをしたものですから。でも建物の構造は大体把握しました。そしてこの建物内にいる人員配置人数も」


 あの短時間で、そこまでのことを――!?


「やっぱり、優香はすごいな」

「ええ。私、優等生なので」


 そう言って精一杯の笑顔をする優香。


「はは、そうだな」

「見張りは2人。そして情報管理ルームに2人。あとはさっきの黒服と――」

「神楽坂だけってことか」

「はい」


 秘密裏にやっていることだから人員を割けないのか、それとも自分たちのテクノロジーを信用しきっているのか。何にせよ、ありがたいことだ――


「そうだ、所長たちには?」

「きっと」


 そう言って頷く優香。


「あとは研究所の動きを待つのみ、だな」

「ええ。きっとチャンスは一度。それを逃せば、私達は敗北です」

「こんな緊急事態なのに不本意だが、ちょっとワクワクするな」

「ええ。私もです」


 そう言って微笑む暁と優香。


 そしてそんな2人を不安な表情で見つめるももと少年。


 それから暁たちは、研究所が動き出す日をひっそりと待つことにしたのだった――。

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