第70話ー② 残された子供たち

 目に大粒の涙をためて、その場に佇む水蓮がいた。


『ねえ、どうしちゃったの……? ママ――!』


 そう言って水蓮が母の石像に触れると、水蓮が触れた場所からゆっくりとヒビが入り、そのまま粉々に砕け散った。


『スイ、いい子にしてるから……だから――』




 目を覚ました水蓮は自分の頬に涙が伝っていることを察した。


「パパ、ママ……ううう。先生もパパやママみたいに、もういなくなっちゃったのかな。水蓮が悪い子だから……?」

「にゃーん」


 ミケは鳴きながら水蓮にすり寄った。


「ミケさん、ありがと……」


 水蓮はミケを見ないように、そっと身体を撫でる。


「会いたいよ……」


 水蓮は静かにそう呟いたのだった。



 * * *



 食堂にて――。


「奏多ちゃん、お茶はいかがですか? 私、丹精込めてお入れします」

「うふふ。ありがとうございます。それでは、いただきましょう」


 食堂で奏多の到着を待っていた織姫は、嬉しそうにお茶の準備に向かう。


「懐かしいですね。ここでこうして向き合って座ることが」


 奏多はニコッと笑いながら、剛にそう告げた。


「そういえば、そうだな」

「先生から剛が目を覚ましたことは伺っていたんですけどね。またここで会えるとは」

「あの後、大変だったんだってな。キリヤから聞いたよ」


 そう言って申し訳なさそうな顔をする剛。


「ええ。だから私は剛のことを少しだけ恨みました。何、眠ってんですかって」


 奏多は腕を組んで、剛から顔をプイっと背けた。


「えええ……」


 俺だって、申し訳ないとは思っているんだけどな――


 そう思いながら、困り顔で奏多を見つめる剛。


「でも」

「?」


 そしてゆっくり剛の方へ顔を向ける奏多。


「こんなことを言っては失礼かもしれないですが、みんなにとって必要な出来事だったように今は思います」

「……そうか」

「剛、目を覚ましてくれて良かった。またよろしくお願いしますね」


 奏多はそう言って微笑んだ。


「おう、よろしくな!」


 そして剛もニコッと微笑んだのだった。


「お待たせいたしました! 紅茶のご準備ができましたよ」

「ありがとうございます!」


 それから奏多たちは織姫の入れた紅茶を楽しんだのだった。




 職員室――。


「水蓮ちゃんは先生の自室にいるんですよね?」

「ああ、そうだ」

「そうですか」


 そして奏多は暁の自室の前に立ち、その扉をノックする。


「……返事はない、ですか」

「どうするんだ――」


 剛がそう言うのと同時に奏多は部屋の扉を躊躇なく開けた。


「奏多っ!!」


 こんなに強引だったか? いや、奏多は昔からこんな奴だったな――


 やれやれと思いながら、奏多の行動を黙って見届けることにした剛だった。


 それから奏多は部屋に入ると、部屋の中をぐるりと見渡した。そして部屋の隅で膝を抱えて座る水蓮を見つける。


「いた」


 それから奏多はゆっくりと水蓮の近くに歩み寄り、その隣に座った。


「誰ですか」


 水蓮は顔を伏せたまま、そう告げる。


「初めまして、水蓮ちゃん。私は神宮寺奏多と言います」

「スイの名前、なんで……」

「先生から聞きました」


 奏多が優しい声でそう言うと、水蓮は伏せていた顔を少しだけ上げて、


「先生!? 先生のこと知ってるの??」


 驚いた声でそう言った。


「ええ。先生は私の先生でもありましたから」

「そう、なんだ」

「そうですよ。だから私と水蓮ちゃん……いえ、水蓮はお友達ですね」


 奏多はそう言って微笑んだ。


「お友達……?」

「はい!」


 水蓮は顔を伏せたまま、奏多の胸に飛び込む。


「スイ、先生がいないからお外に出ちゃダメだって思ってたの。だからここにいなくちゃって……でも、でもスイ――」

「それは、寂しかったですね」


 奏多はそう言って水蓮の頭を撫でる。


「さて。この部屋に閉じこもっていても気分が下がってしまいますし、部屋から出ませんか?」

「え、でも……」

「にゃーん」


 ミケは口にゴーグルをくわえている。


「このゴーグルは……?」


 奏多はミケがくわえているゴーグルを見て、水蓮に尋ねた。


「そのゴーグルは、スイがお風呂で使ってるゴーグルなの」

「そうなのですね」


 そして奏多はミケの口からゴーグルを受け取り、水蓮の手に持たせた。


「恥ずかしいかもしれませんが、今はこれで行きましょう」

「う、ん」


 それから水蓮は奏多から持たされたゴーグルをつけた。


「変じゃないですか?」


 水蓮はそう言って奏多の方を見た。


「うふふ。どんな水蓮もかわいいですよ」


 そう言って奏多は微笑んだ。


 そして奏多の顔を見た水蓮は頬をほんのり赤く染めて、「えへへ」と笑った。


「じゃあ、行きましょう」


 奏多は水蓮の手を取る。


「うん!」


 そして水蓮は立ち上がり、奏多と共に部屋を出たのだった。




 ――職員室にて。


「お待たせしました、剛」


 そう言ってゴーグルをつけた水蓮と手を繋いで部屋から出てくる奏多。


「あ、ああ」


 そんな奏多の姿を見た剛は、


 ずっと見ていたけど……奏多、すごいな。水蓮がもう懐いてる――


 そう思いながら目を丸くしていた。


「それでは、水蓮? 食堂に行きましょうか!」

「はいっ!」

「もちろん、剛もですよ?」

「お、おう!!」


 それから3人で食堂に向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る