第69話ー② 捕らわれの獣たち 前編

 ――研究所。


 暁が研究所に到着すると、ゆめかと所長が入り口で待っていた。


「暁くん、久しぶりだね」


 所長はそう言いながら、悲し気な表情をする。


「お久しぶりです。……もう、なんて顔しているんですか!」

「ははは……すまないね」


 面目ないと言った顔をする所長。そんな所長の顔を見たゆめかは、


「所長がそんな顔をしていたら、暁先生が不安がるじゃないか。所長はいつも通りでいてくれたらいいのさ」


 そう言って微笑んだ。


「そうだな……」


 暁は不安げな表情をする所長を見て、所長は今回のことに納得していないんだろうなと思っていた。


 きっと所長もこの決断を下すまですごく悩んだんだろう――そう思った暁は笑顔を作り、


「俺なら、大丈夫ですよ」


 と答えたのだった。


「暁先生に気を遣われているみたいだよ、所長?」

「ああ。カッコ悪いな、私は……暁くんはいつの間にか大人になっていたんだな」


 そう言いながら、目頭を押さえる所長。


「俺、結構前から大人だったと思ったんですけど……」

「中身の話だよ」


 ゆめかはそう言ってクスクスと笑う。


「あははは……」


 あ、そういうことか――と暁は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「じゃあ気を取り直して……三谷暁くん。今回は無理なお願いを聞いてもらってすまなかった。少し迷惑をかけるが、よろしく頼んだよ」

「はい!」


 暁はまっすぐに所長を見ながら、そう答えた。


「じゃあ私は仕事があるから、ここで。またな、暁くん」

「はい。また会いましょう」


 そして暁は研究所内に戻って行く所長をその姿が見えなくなるまで見ていた。


「じゃあ白銀さん。宜しくお願い致します」


 暁はゆめかに視線を向けて、微笑みながらそう言った。


「ふふふ。本当に心配なさそうだね。じゃあ、私についてくれ」


 ゆめかにそう言われた暁は、その後ろをついて歩く。


「あの……今から隔離用の施設へ向かうんですよね」


 暁は前を歩くゆめかにそう問いかけた。


「そうだよ。でもそこへ連れて行くのは私じゃないのさ」


 ゆめかは振り返らずに淡々とそう言った。


「え?」


 じゃあ今からどこへ向かうつもりなんだ――?


 そんなことを思いながら、ゆめかの背中を見つめる暁。


「政府が指定してきた場所まで行って、そこで君たちを引き渡すことになっている」

「そう、ですか……」


 なんでそんな面倒なことを――暁はそんなことをふと思う。


「優香くんたちのことを頼みます、暁先生……」


 ゆめかは背を向けて歩いたまま、暁にそう告げる。


 そして暁にはその背中が少しだけ、悲しんでいるように見えていた。


 白銀さんも納得はしていないんだろうな。だったら俺は所長や白銀さんたちを悲しませないよう、自分にできることをやるだけだ――!


「わかりました。優香は大切な教え子ですから!」

「うん、よろしく!」


 ゆめかはそう言いながら、暁の方を見て微笑んだ。


 その笑顔を見て、ほっとする暁。


「――あ、でも『たち』ってことは、他にも?」

「ああ、そうか。説明していなかったね。でも、そういうことだよ」

「な、なるほど……」


 もう一人はどんな子なんだろうか。でも、そのうちに顔を合わせることになるだろう――


 暁はそんなことを思いながら、


「はい、わかりました! 任せてください!!」


 満面の笑みでゆめかに答えた。


「ふふ。頼もしいね」


 これから優香たちと一緒に俺たちはどこか知らないところに連れて行かれるわけか。でもそれはいつまでだろう。もしかしてもう二度と外の世界に――


 そんなことを思う暁。そして、『ゼンシンノウリョクシャ』のことを話した時の優香の顔が頭をよぎる。


 あと6年もあると言っていた優香。しかしこんなことになって、もしかして落ち込んでいるんじゃないか――? と心配する暁。


「そういえばですけど、優香は元気にやっていますか?」

「ああ、相変わらず元気そうだったよ。キリヤ君と離れることになるから、もう少し気落ちするかなと思ったけれど……全く寂しさを感じさせないね、優香くんは」

「そう、ですか」


 本当は優香も寂しいんだろうな、と思いながら暁は寂し気な表情をした。


「あ……そうだ。キリヤはどうしたんですか。今は優香と一緒にいるんですか?」

「いや、今はあまり優香君と顔を合わせないようにしていみたいだね。今回の話を聞いてから、自分にもできることはないかと訓練を頑張っているみたいだよ」

「キリヤが……そうですか」


 キリヤも頑張っているんだな。だったら俺も負けていられない。俺も俺ができることを頑張ろう――


「なんだか嬉しそうな顔をしているね」


 ゆめかは暁の顔を見ながらそう言った。


「はい。キリヤも頑張っているんだから、俺も頑張らないとと思っていたところです」

「ははは。じゃあ私も頑張らないとね。自分ができることを精いっぱいやるってことを私も暁先生から教わったからね」


 そう言って微笑むゆめか。


「あははは……ありがとう」

「よし、着いたね。優香君たちと合流したら、指定の場所まで私が送迎するから」


 頑丈な鉄扉を前に、ゆめかがそう言った。


「あの、ここは……?」

「ああ、『グリム』の隠し部屋さ。優香君たちもきっとこの中にいるよ」

「なるほど……」


『グリム』の存在はなんとなく知っていた暁だったが、その拠点へ来ることは初めてだったため、目の前の鉄扉を見て緊張していた。


「じゃあ行こうか」


 そしてゆめかと共に暁は『グリム』の秘密基地に入っていった――。

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