第69話ー① 捕らわれの獣たち 前編

 午後9時を過ぎた頃。暁の元に一本の電話が入る。


「――え。はい。わかり、ました」


 そして通話を終えて、スマホを机にそっと置く暁。


「仕方のないこと、なんだよな……」


 暁はスマホを見つめてそう呟いた。


「みんなに伝えないと――」


 それから暁は生徒全員を食堂に呼び出した。


 そろそろ就寝しようかという生徒がいた中で、暁はどうしてもすぐにつたえなければならないことがあったからである。


「こんな時間にすまないな」


 申し訳なさそうな顔でそう言う暁。


 その顔を見た生徒たちは首をかしげた。


「どうしたんだ、先生?」

「実は……俺は2日後にこの施設から出ることになった」

「は!? なんだよ、それ!?」


 剛は驚きながら、声を上げる。


「どういうことか説明してくれるんですよね、先生?」


 狂司は淡々とそう問いかけた。


「ああ、最近話題になっている湖畔での能力者同士の戦いがあっただろ? その事件のこともあって、俺みたいに身体を別の生き物にする能力者をしばらく隔離することに決めたらしい」

「「……」」


 無言で暁の話を聞く生徒たち。


「まあすぐに帰ってくるからさ、待っててくれって! 話はそれだけだ! じゃあ今夜は解散!!」


 そして生徒たちは口を開くこともなく食堂を後にした。しかしそんな中、狂司だけが食堂に残っていた。


「何か言いたいことでもあるのか?」


 暁は笑顔で狂司にそう問いかける。


「『ゼンシンノウリョクシャ』たちを対象にってことですよね……」


 そのワードを聞いた暁は驚き、


「狂司は『ゼンシンノウリョクシャ』のことを知っているんだな」


 狂司の顔をまっすぐに見てそう告げた。


「ええ、以前いたところで関わっていましたからね。でもそんなにやすやすと従っていいんですか? たぶん、罠ですよ。『エヴィル・クイーン』サイドの」

「『エヴィル・クイーン』??」


 暁は知らない単語に首をかしげる。


「キリヤ君たちが追っている組織です。そしていろはさんを苦しめた『ポイズン・アップル』を仕掛けた奴らですよ」

「なんだって!?」

「まさか、こんな手を打ってくるなんてね……先生は本当に言われるがまま隔離されるつもりですか?」


 狂司は暁の顔をまっすぐに見てそう言った。そして暁は両手の拳を握り、


「ああ、研究所がそう決めたらしい」


 と狂司から目をそらさずにそう答えた。


「まったく、『グリム』は何をしているんですか!! これじゃ、何のためにドクターが――って先生にこんなことを言っても仕方がありませんね」

「すまないな」

「いいえ。くれぐれもお気を付けて。僕は待っていますから」

「ありがとうな」


 そして狂司も食堂を後にした。


「『ポイズン・アップル』か……」


 俺はそこで何ができるんだろう――そう思いながら、食堂に一人残る暁だった。




 職員室を通り、自室に戻った暁。


 そしてそこにはベッドでスヤスヤと眠る水蓮の姿があった。


「水蓮のこと、どうしようか……」


 無効化が働かない状況で水蓮を放置するのは危険だという事を暁は理解していた。しかし頼める相手がいるわけでもなく。


「所長に相談するしかないのかな……」


 そう言いながら、無邪気に眠る水蓮を見つめる暁。


 すると、振動する暁のスマホ。


「奏多からか……もしもし?」

『暁さん、こんばんは。お加減いかがですか?』

「ああ、まあボチボチかな」


 なんだか奏多の声を聞くと安心する――


 そんなことを思いながら、「ふっ」と微笑む暁。


『……その反応は何かがあった時の反応ですね。何があったのですか?』


 さすがだな――と思いながら、頬を掻く暁。そして奏多に自分がこれから隔離されることを伝えた。


『――そう、ですか』

「ああ、だからしばらく連絡できないんだ。悪いな」

『謝らないでください。暁さんが悪いのではないのですから』


 優しい声で奏多はそう言った。


「ありがとう、奏多」


 暁は微笑みながらそう言った。


『でも暁さんが不在の間、施設はどうなるのです?』

「ああ。今は剛が帰ってきているから、剛に任せようかなって」

『……それはそれで少し心配ですね』


 そう言ってため息を吐く奏多。


「あはは……」


 昔から知っている剛だからこその反応なんだろうな――


 苦笑いをしながらそんなことを思う暁。


『というかですよ! 剛が戻ってきていること、なんで教えてくださらなかったんです!』

「あ、それは……」


 実は忘れていた――とは言えない暁。


「ちょっといろいろと忙しくてな! あ、あはは」

『そうですか。へえ』


 納得してくれた、かな――?


 奏多の返答を聞き、ほっとしながらそんなことを思う暁。


『では、たまに私が様子を見に行きましょう。それなら暁さんも安心でしょう?』

「本当か? あ、でもそれじゃ、奏多の負担に――」

『いいんですよ! 暁さんのためですから』

「奏多……ありがとう。それでなんだけど、もう一ついいか?」

『ええ、もちろん』


 それから暁は水蓮のことを伝えた。


『――SS級の子がもう一人……わかりました。私に任せてください!』

「本当にありがとう。でも奏多には助けてもらいっぱなしだな」


 そう言って頭を掻く暁。



『いいんですよ。私が暁さんのためにそうしたいと思っているだけなんですから』


「嬉しいよ。俺、奏多に出会えてよかったって思っているから」


『そんなこと言われると、最後の別れみたいに聞こえちゃいますよ』


「ははは。本当にそうなるかもしれないしな……」


『やめてくださいよ! また帰ってきたら、東京に遊びに行きましょう。約束です』


「ああ」


『それじゃ、また』


「おう、おやすみ」



 そして会話を終える暁。


「奏多が来てくれるなら、水蓮も安心かもしれないな」


 そう言って優しく水蓮の頭を撫でる暁だった。


 そして2日後、暁は研究所へと向かった。

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