第69話ー③ 捕らわれの獣たち 前編

「やあ、お待たせ」


 ゆめかがそう言って暁と共に奥の部屋に入ると、そこには優香と暁の知らない少女がいた。


「ああああ! ゆめかが来たぞぉ!!」


 そう言ってゆめかに駆け寄る少女。


龍海たつみ、いい子にしていたかい?」

「うむ! 優香がたくさんお話してくれたのだ!!」

「優香君もすっかりお姉さんだね」


 ゆめかそう言って優香に微笑んだ。


「龍海ちゃんはいい子なので、手がかかりませんから」


 そう言って笑う優香。


「優香――ッ!」

「はいはい、いい子いい子」


 優香はそう言いながら、胸にダイブした龍海の頭を撫でた。


 見た目は中学生くらいと思われるディープブルー色の髪色をした少女。口調がやや特徴的だな――と暁は思いながら、3人の会話を黙って聞いていた。


 この子も『グリム』の一員なのか……? でもここにいるってことは、たぶんこの子も俺と同じ――


 そんなことを思いながら、龍海を見つめる暁。


「あの……」


 暁はそう呟くが、ゆめかたちに聞こえていないのか、それとも暁のことを忘れてしまっているのか……3人で楽しそうに会話をしていた。


「――ふっふーん。それでな、見てみよ! 優香が描いたこのドラゴンを!!」


 龍海はそう言って、スケッチブックをゆめかに見せる。


「おおお! さすが優香君!! まさか絵を描く才能まであるとは」

「あはは、ありがとうございます!」


 そう言って微笑む優香。


 これじゃ、完全に蚊帳の外状態じゃないか――そんなことを思い、ため息を吐く暁。そして困り顔でゆめかの方を向くと、


「ああ、すまない。説明が先だったね」


 ゆめかはそう言って笑った。


「彼女の名前は山藤やまふじ龍海たつみ。龍海も『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力者で、能力は『龍』。まあ龍になる能力だね」

「へえ、龍に……」


 そう言いながら暁は龍海のほうを見た。


 やっぱり龍海も『ゼンシンノウリョクシャ』なんだな――そんなことを思いながら眉間に皺を寄せて、龍海を見つめる暁。


「優香君と暁先生と似たような力ってわけさ」

「そう、ですね」


 ゆめかのその含みある言い方を聞いた暁は、もしかして白銀さんも『ゼンシンノウリョクシャ』のことを知っているのか――? とふと思う。


「白銀さんは、今回の政府からの要請、どう思っているんですか?」

「どう、とは?」

「えっと……なんで俺と優香、それにそこにいる龍海なのかって」

「キリヤ君の名前がないことに疑問を感じているってことかい?」


 そうだよな。そう思うのが普通だよな――


 ゆめかの顔を見ながら、そう思う暁。


「……それとも生物に擬態化する能力者だけじゃないかって?」


 そう言ったゆめかを見ながら、暁と優香は驚く。


「白銀さんは何か知っているんですか。『ゼンシンノウリョクシャ』のことを……」


 優香が真剣な顔でゆめかにそう言うと、


「君たちのような能力者を『ゼンシンノウリョクシャ』と呼ぶんだね。それは知らなかったよ!」


 ゆめかは笑いながらそう言った。


「え、じゃあ知らずに、確かめるような言い方を?」


 暁はゆめかを見ながら、そう尋ねる。


「いや。まったく知らなったわけじゃない。昔、夢で見たんだ。もう一つの魂を宿す、神の使い。それが暁先生のような能力者のことを言うんだって」

「神の使い……」


 その言葉を聞いた暁は、ゆめかと初めて会った日のことを思い出す。


『――成人を超えた今でも能力が衰えることもなく、能力を使いこなす神の使い』


 だからあの時、白銀さんは――


 そう思いながら、俯く暁。


「おっと、そろそろ時間だ。3人とも、本当にすまないね。じゃあ行こうか」


 その言葉に頷く暁たち。


 それからゆめかの運転で政府に指示された地点まで向かった。




 車に揺られること40分。暁たちを乗せたゆめかの車は都内にある大型ショッピングモールの地下駐車場に到着した。


 そして車から降りる暁たち。


「こういう駐車場って、事件の匂いしかしないんですが……」


 優香はそう言いながら、ゆっくりと周りを見渡す。


 優香の言う事もわかるかも――と暁は以前結衣から借りた推理物の少年漫画のことを思い出す。


「殺人事件とか起こらなきゃいいな……」


 冗談交じりに暁がそう呟くと、


「な、なんて物騒なことを言っているんですか!!」


 すごい剣幕でそう言う優香。


「じょ、冗談だって! そんなに怒るなよー!!」


 場を和ませようと思ったけど、真面目な優香には逆効果だったか――


 そう思いながら、肩を落とす暁。


「――白銀さん、政府の方々はまだいらっしゃらないのですか?」

「ああ、そろそろ……おっと、どうやらお出ましみたいだね」


 ゆめかはそう言って、新しくやってきた一台の車に顔を向ける。その車は全体が真っ黒で、運転席と助手席にしか窓がないつくりだった。


 まるで犯罪者を輸送するような車だな――と暁はその車を見て、そんなことを思う。


 それからその車は暁たちの近くに止まり、中から黒服の男と作業服の男が出て来た。そして作業服の男は無言で車の後方へ向かい、黒服の男は暁たちの方へ向かって歩き始める。


 この人が、俺たちの案内人ってことか――


 歩いて来る黒服を見て、暁はそんなことを思う。


 そして暁たちの目の前に来た黒服の男は、


「お待たせしました」


 無表情のままそう言った。


 あの顔、絶対に申し訳なく思っていないんだろうな――そう思う暁。


 そして、


「あなたは、あの時の」


 ゆめかはそう言いながら黒服に鋭い視線を送る。


「ええ。お久しぶりですね、白銀ゆめか。まさか生きて戻って来るとは、予想もしていませんでした」

「白々しい……」


 ゆめかは両手の拳を握りながら、そう呟いた。


 そしてそのゆめかの拳を見つめる暁。


 白銀さんの様子……もしかしてこの黒服の男は――


「白銀さん。この人って、前に連れていかれた施設の――?」


 暁がゆめかの方を見て、そう問いかけると、


「まあそんなところさ」


 黒服を睨んだまま、ゆめかはそう言った。


「――今日はご主人様がいないんだね」

「ええ。あのお方は、もうおりませんから」


 表情を変えずにそう答える黒服の男。そして黒服の男の言葉を聞いたゆめかは、眉間に皺を寄せた。


「もういないって……それはどういうことなんだい?」

「あの少年からは聞いていないんですね」


 あの少年――? 


 暁はゆめかの方を見ながら、それは誰を示しているのだろうと疑問に思った。


「うちの所長からは聞いているよ、魔女は自分が消されると話していたことをね。でもその事実を私たちが確認したわけではないから」

「そうですか」


 ゆめかの会話を聞きながら、研究所で何かがあったことを察する暁。


 白銀さんたちは……『グリム』はいったい何を追っているんだろう――


 そしてキリヤや優香が普段、どんな仕事をしているのかと不安になる。


 それから黒服の男は暁たちに視線を向けると、


「そろそろ時間です。3人は車へ」


 淡々とそう告げた。


「わかりました」

「暁先生、気をつけて……」


 心配そうな顔でそう言うゆめか。


「大丈夫。必ず帰ってきますから」


 そう言って微笑む暁。


「優香君も――」


 ゆめかはそう言って優香をそっと抱きしめる。


「はい」


 優香はそう言って微笑んだ。


「ゆめか、私も――!」


 龍海がそう言って両手を広げると、


「それでは、こちらへ」


 龍海の言葉を遮るように黒服の男がそう告げた。そして龍海は唇を尖らせながらその指示に従うのだった。


 それからゆめかが不安な顔で見つめる中、暁たちは車へ乗り込んだ。


 中は普通の車と変わらない椅子の配置だったが、窓がない後部座席に不安を覚える暁。


 もしかして俺たちに外を把握させない為、か――?


 自分たちがこれから連れていかれる場所が危険な場所なんだろうと、暁はなんとなく察する。そして目の前に座る優香を見て、


「優香はやけに落ち着いているな」


 そう問う暁。


「ええ。これから連れていかれる組織のことはなんとなく察していますし、それにキリヤ君一押しの暁先生がいらっしゃいますから」


 そう言って微笑む優香。


「キリヤの一押しって――! まあでもそう言ってくれてありがとう。俺もキリヤの一番の相棒、糸原優香がいてくれて心強いよ!」


 暁もそう言って笑った。


「私もいるぞ! だから寂しくない、だろう?」


 龍海はそう言って胸を張った。


「ははは。そうだな!」


 それから車は動き出し、暁たちはどこかの施設へと連れて行ったのだった。

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