第53話ー② 風向き

 しおんの部屋の前に着いた真一はその扉をノックした。


「……返事がない。もしかしていないのかな。出直そうか」


 そう言って引き返そうとした時、真一は部屋の中から聞こえた声に耳を傾ける。


「――いや、まだ家に帰るって決めたわけじゃないって! ちょっと待てって! って父さん!?」


 父さん……? しおん、父親と電話しているのかな。でもなんで? しかも家に帰るって――。


 真一がそんなことを考えているとしおんの部屋の扉が開いた。


「うわあ! って何してんだ、真一?」

「し、しおん……何でもない」


 真一はそう言って踵を返し、しおんの部屋を後にした。


「なんで僕、こんな逃げるみたいな」


 そんなことを呟きながら、真一は廊下を進む。そしてなぜ自分がしおんにそんな行動を取ったのかわからなかった。


 僕はしおんを信じるって決めたのに……やっぱり無理なのか――。


 しおんの部屋から聞こえたあの会話は、おそらく卒業後のことを父親と話していたのだろうなと思い、俯く真一。


「実家か……。そうだよね」


 しおんも、僕を置いて……捨てていくのか――?


 そんな不安が真一の頭をよぎった。


「やっぱり人は信用できない」


 そして真一は足を止め、両手を強く握りしめる。


 すると後ろから足音が聞こえた。


 その音を聞いた真一は振り返る。すると、そこにはしおんがいた。


「何?」


 真一はしおんに冷たくそう言い放った。


「なんか真一の様子がおかしいって思ったから、心配で……どうしたんだ?」

「……」


 何も言わずに俯いたままの真一。


「何か言えよ」

「……しおんはさ、ここを卒業したらどうするの。やっぱり実家に帰るの?」

「あー、なるほど。さっきの電話、聞こえてたんだな」


 しおんはやれやれと言った顔でそう答えた。


「ちゃんと答えてよ! どうなの? ……しおんも僕を捨てるの?」

「ぷっ……あははははは!」

「はっ? 何で笑うわけ? 僕、真面目に質問しているんだけど?」


 真一は笑うしおんを見て、困惑と怒りの感情を抱いた。


「あはは……いやいや。真一、そんなことを心配してたのか? 意外とかわいいところ、あるんだな!」

「はあ? 何言ってんの!?」


 それからしおんは真一の肩に腕を乗せると、


「行かないよ! お前を置いてなんて! ずっと一緒って約束しただろ?」


 そう言ってから歯を見せて笑った。


「……」

「真一?」


 ――う、嬉しいなんて言ってやらないからなっ!!


 真一はそう思い顔を上げると、


「ずっと一緒かどうかわからないでしょ! 僕がしおんを捨てるかもしれないし!!」


 強気な態度でそう言った。


「そうならないよう、俺も頑張るよ」

「ま、まあ頑張って」


 真一はそう言ってしおんから顔をそらした。


「おう!」


 本当は内心で凄く安心したし、しおんの言葉が嬉しかった。でもこの気持ちはまだしおんには言わないよ。今はまだ、ね――


 そう思い、少しだけ口角が上がる真一。しかしそんな真一にしおんは気が付いていなかった。


「じゃあ練習すっか! そのためにさっき部屋に来たんだろ?」

「うん。そうだね! 僕たちは立ち止まっている時間はないからね!!」


 そして真一たちは、いつものようにお互いの奏でる音を合わせたのだった。

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