第53話ー① 風向き

 風が吹いている。


 その風は方向が定まらないまま、どこに向かっているのか誰にもわからない。とても孤独で不安で寂しい風だった。


 でもその風の周りには温かいメロディが加わり始め、少しずつその風は変わっていく。


 しかし今はまだ吹き抜ける先は定まらない。でもいつかはきっと――。



 * * *



『はちみつとジンジャー』がメディアで紹介されてから1か月が経った頃。


 2人の評判が気になった暁は、ふとSNSで『はちみつとジンジャー』のことを調べていた。


 するとそこにはしおんと真一に対する様々コメントが拡散されていた。


『あやめのしおん君に対する兄愛やばいよね! かわいい!!』

『しおん君を見てあやめがギターを始めたらしいよ! マジ感謝だよね!』


「しおんへの反応は思いのほかいいみたいだけど――」


 そして真一に対するコメントを見る暁。


『そういえば、どっかのネット記事で見たけど『はちみつとジンジャー』のボーカル、子供の頃に事故で両親亡くなってるらしいよ』

『本当!? かわいそう~』


 真一は憐みのコメントが多くみられるように思えた。


「このまま変に詮索するような人がいなきゃいいけどな」


 暁はそう呟きながら、スマホをそっと机の上に置いたのだった。



 * * *



 ――食堂。


 いつものように生徒たちがそれぞれの席で食事を楽しんでいた。


「はあ!? なんだよ、これ!!」


 しおんはそう言いながら、勢いよく立ち上った。そしてその勢いのせいで椅子がガタンと音を立てて倒れる。


「何? そんなに大きな声を出して」


 そんなしおんに冷たく言い放つ真一。


「ちょっとこれ! 見てみろよ!!」


 そう言って真一にスマホの画面を見せるしおん。


 そして真一はその画面を見つめた。


「あることないこと好き勝手書きやがって!」

「……まあ、こうなるだろうなとは予想していたけどね」


 そう言って画面から目をそらす真一。


「どうしたんですかあ?」


 凛子はそう言ってしおんのスマホを覗き込む。


「えっと、なになに……。14年前の事故の加害者家族! 『はちみつとジンジャー』のボーカル・風谷真一の悲惨な人生。……うわぁ。どこでこんな情報を」

「ああ、腹立つっ!」


 しおんはそう言って椅子を起こし、少々荒めに椅子へ腰を掛ける。


「しおんが気にすることじゃないよ。僕の問題なんだから」


 真一は淡々としおんに向かってそう言った。


「いや! 真一の問題は俺の問題だ!! だって一緒に音楽をやる仲間なんだからな!」

「……あり、がと」


 真一は照れながらそう答えた。


「まあスキャンダルが出るのは人気者の証拠ですよお! 気にしないのが一番です☆ そのうちに収まりますから」


 そう言って凛子はしおんたちの前を去っていった。


「凛子もああ言っているし、今は様子見しよう。いいね、しおん?」

「ああ、わかったよ。でも何かあれば言えよ? 一人で抱え込もうとするんじゃなくて、俺にも背負わせろよな!」


 そう言ってしおんは真一に歯を見せて笑った。


「わかった」


 真一はそんなしおんの顔を見て、嬉しそうにそう言った。




 食堂を出た真一は自室にいた。


 ベッドに寝転び、スマホを触る真一。


「あ、これ……」


 そして真一は先ほどしおんが見ていたネットの記事を見つけ、その記事を開いた。


「え……こんなことまで」


 その内容は身内しか知らないような情報が載っていた。


 親戚の家を転々として、その度にその家に災難が降りかかったことと叔父がミュージシャンを目指していたが、夢半ばで交通事故により死去したこと。


 もしかして、身内の誰かが情報をリークしたんじゃ――


 そんな考えが真一の頭をよぎった。


「どこまで醜い奴らなんだ……」


 そしてスマホを握る力が強くなる。


『一人で抱え込もうとするんじゃなくて、俺にも背負わせろよな!』


 真一はさっき食堂で聞いたしおんの言葉を思い出した。


「そうだね」


 ――今の僕は信頼する仲間がいる。今までみたいに一人で悩む必要はない。


「しおんの部屋で練習でもしようかな」


 それから真一は起き上がって、しおんの部屋に向かった。


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