第46.5話 冬の日
12月。年末の音楽番組を男子の共同スペースで観賞するしおんと真一。
「やっぱり『
「そうだね、歌だけじゃなくて、演奏もうまい。全体的に演奏技術が高いんだ……それにボーカルのあやめ。また歌がうまくなってない?」
「ああ、それにギターもな」
そう言うしおんの表情はとても楽しそうだった。
「……もう嫉妬はしないんだね」
「はあ? なんだよ、急に!」
「なんだか楽しそうだなと思ってさ。弟に負けて、悔しいとか前なら思ってたしょ?」
真一の言葉にはっとするしおん。
「弟って……それ、凛子から聞いたのか?」
「さあね」
そう言ってニヤリと笑う真一。
「まあでもそうだな。前の俺ならそう思っていたかもな。それに俺さ、あやめにライバル宣言しちゃったからさ。いつまでも嫉妬していられないだろうって、そんなことよりももっと上を目指そうぜって思ったんだよ!」
そう言って微笑むしおん。
「ふうん。いいじゃん。そういうの、嫌いじゃない」
真一はそう言って、ふっと笑った。
「ああ!? 話している間に『ASTER』の出番が……」
「まあいいじゃん。『ASTER』はここが最期じゃない。僕たちが向かう先に必ず彼らがいて、きっと直接音を交えるときが来ると思うし」
「それも、そうだな。うん!! 俺たちも頑張ろうぜ、真一」
そう言ってしおんは真一の肩に腕を組んだ。
「だからそういう暑苦しいのは好きじゃないんだって」
「はいはい」
「ったく……」
真一はそう言いながらも、口元は緩んでいた。
「じゃあせっかくやる気をもらったことだし、このまま練習しようぜ! この気持ち、冷めさせたくないからな!」
「はあ。まあいいよ。でも少しだけね。年末まで練習するの? ってまゆおに小言を言われたくないし」
「心配性のまゆおなら、そう言いそうだな!」
それからしおんと真一は、いつもの場所で歌の練習をして過ごしたのだった。
しおんたちと同時刻。マリアの自室。
マリアは椅子に座りながら、年末の特番を見ていた。
「年が明けたら、受験か……」
このままで大丈夫かな、とつい弱気になるマリア。
そして首を振り、
「キリヤも頑張ってるし、お母さんもお父さんも応援してくれてる。だからきっと大丈夫」
そう言って胸の前でキュッと拳を握った。
「頑張ろう、そして夢を叶える。私は研究所で、白銀さんと一緒に働くんだ……カウンセラーとして」
それからマリアはテレビを消してから机に向かい、勉強用のノートを開いた。
「そのために、今はやれることをやる。後悔のないように」
そう言って勉強を始めるマリアだった。
そして1月に受験を終えたマリアは合否を待ちつつ、冬の日を過ごした。それから時は流れ、2月になるとマリアの大学の合格通知が施設に届いたのである。
「ここからまた始まるんだ」
マリアは合格通知を見ながら、そう呟いたのだった。
2月のある日のこと。
結衣はマリアから大学合格通知の話を聞いて、卒業するマリアに何かできないかと考えを巡らせていた。
「何かかわいいものをあげる……って言ってもそれはありきたりすぎかもしれないですねえ。うーん」
結衣がそう呟きながら食堂で頭を抱えていると、
「結衣さん? こんな時間にどうされたのですか?」
食堂にやってきた織姫が夕食後の食堂に残る結衣に疑問を抱いたのか、そう言って結衣の傍にやってきた。
「織姫ちゃん! いやあ。実は卒業するマリアちゃんに何かできないかって思って……でも何もいい案が浮かばなくて困っていたのですよ」
「そういう事でしたか……だったら、私も付き合いますよ!」
「え!? でも……」
「マリアさんには私も何度も助けていただいておりますから。何か恩返しがしたのです」
そう言って微笑む織姫。
「織姫ちゃん……ありがとうございます!! 嬉しいですぞ~!」
結衣はそう言って織姫に抱き着いた。
「は、恥ずかしいので、そういうのはやめてください!」
織姫はそう言いながら、結衣を突き飛ばした。
「おふ……なかなかやりますな……でもそういうの、嫌いじゃないですぞ。ぱたり……」
そう言って倒れたまま、結衣は顔を伏せた。
「ゆ、結衣さん!?」
そんな結衣に駆け寄り身体を揺する織姫。それから結衣は身体を少しだけ起こし、親指を立てると、
「あいるびーばっぐ……」
そう言って再び顔を伏せたのだった。
織姫はそんな結衣を見て、おろおろとするばかりなのでした。
それから数日後、織姫は「写真を使って動画を作ったらどうか?」と結衣に提案すると、それを聞いた結衣は万遍の笑みで頷いたのだった。
そして結衣はまゆおや真一にお願いをして、持っている写真を片っ端から集めてきた。
「よし。じゃあこれを使って……」
過去を追体験できるようなそんな動画を――というコンセプトで結衣は動画の作成を開始した。
それから数日後。マリアが施設を出る前日。
「ついに……できましたあ」
そう言って床に倒れ込む結衣。
「ってここで眠っている場合じゃ! 先生にシアタールームの許可を得なくては――」
そして結衣は暁の元へと急ぐ。
「マリアちゃん、きっと喜んでくれますよね」
結衣はそう言って微笑み、暁のいる職員室へと向かったのだった。
生徒たちはそれぞれでそれぞれの冬の日を過ごし、人生の大きな転換期を迎えていたのでした。
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