第46話ー⑦ しおんとあやめ

 その日の晩。部屋に戻ったしおんはスマホを取り出して、電話帳を開いた。


「番号、変わってないといいけど」


 そして『あやめ』と書かれた画面をタップして、電話を掛ける。


 もしかして仕事かもしれないし、すぐには出ないかも――


 そんなことを思いながら、しおんは電話のコール音を聞いていた。


『はい、あやめです! 兄さん? 兄さん、だよね!? どうしたの!? 兄さんから電話を掛けてくるなんて!!』


(なんだかすごく機嫌がよさそうだな……何か良いことでもあったのか?)


 しおんはその声を聞き、いつものあやめよりテンションが高いように感じていた。


 でも今はそうじゃない、俺は俺の想いをあやめに伝えるんだ――


「今、ちょっと時間あるか?」

『う、うん。大丈夫だよ。どうしたの?』


 そしてしおんは息を飲んでから、口を開く。



「ああ、えっと…………ごめんな、あやめ。今までいろいろと悪かったと思ってる。俺、意地を張って……プライドばっかり高くて」


『え……うん』


「お前にずっと嫉妬していたのかもしれない。みんな、いつもあやめばっかりって。でもそれはもうやめにする。これから俺、頑張るよ。それでお前を追い抜く。そして世界一のギタリストになるから!」


『兄さん――』


「つまり、その……えっと。きょ、今日からあやめは……お、俺の、ライバルだから!」



 俺、何言ってんだろう――と急に恥ずかしく思うしおん。


「……」


 しおんのライバル宣言に、黙ったまま何も答えないあやめ。


 その少しの沈黙がしおんにとっては、とても長く感じていた。


(もしかして馬鹿にしてるのか? 俺なんかが自分にって――)


『うん……僕も負けないよ! 先に世界一になるのは僕……いや。僕たち『ASTERアスター』だから!!』


 その言葉を聞いたしおんは嬉しくなって微笑みながら、


「おう! 受けて立つ!!」


 意気揚々とそう答えたのだった。


『ふふふ。でも兄さんとこんな話ができるなんて嬉しいよ』

「は、はあ? 何恥ずかしいこと言ってんだ!?」


 あやめの言葉に顔が赤くなるしおん。


『僕ね、ずっと兄さんのことが大好きで憧れだった……だから兄さんとちゃんと話せて嬉しいんだ。でもこれからは憧れの存在じゃなく、ライバルとしてよろしくね!』

「ああ!!」


 その後、軽く会話をしてからしおんは電話を切った。


「あやめ……俺のことを嫌っているって思っていたけど、でも違ったんだな」


 自分の勘違いに恥ずかしくなって頬をかくしおん。そして――


「俺も頑張るぞ。絶対に世界一のギタリストになるんだ!!」


 しおんはそう言ってから、いつものようにギターを手に取ると、その日は一晩中弾き明かしたのだった。


 弟でライバルのあやめを超えるため、そして世界一のギタリストになるために――。




 翌日。いつも通りの朝が始まった。



「まったく、本当にしおん君のギターはヘタクソですねぇ。『ASTER』の映像観たことありますか? 鳥肌者ですよ?」


「そんなの何度も観たっての!! 凛子だって、もっとアイドルの研究したほうがいいんじゃねえの? 笑顔が引きつってんぞ!!」


「はあ? 今日こそ、しおん君を粉々にしないとですね」


「それはこっちのセリフだ!!」



 そう言って身構える凛子としおん。


「こらこらこら! だから朝からなあ――!」


 そしてようやくいつもの日々が戻って来た施設だった。

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