第46話ー⑥ しおんとあやめ

 授業を終えたしおんは屋上に来ていた。


「ここ、真一と初めてライブをやった場所……なんだよな。あいつ、本当に解散するつもりなのか」


 せっかく出会えたボーカルなのに……真一とならあやめに勝てるかもしれないってそう思ったのに――


 しおんはそう思いながら、その場で空を見上げた。そしてふとあやめの顔が頭をよぎるしおん。


「はあ。俺はどうしたら――」

「『ASTERアスター』に勝てるんだって?」

「うわあ! なんだよ、不人気アイドルかよ!!」


 突然声を掛けられたしおんはその方に顔を向けると、そこには凛子の姿があった。


「その呼び方、いい加減にやめてよ!! 最近はちゃんと人気が出てきたんだから!!」


 そう言って、SNSのフォロワー数をしおんに見せる凛子。


「へえ。お前、アイドルも頑張っているんだな」

「そりゃね。だって世界一の女優になるんだもん。こんなところで立ち止まっていられないよ!」


 そう言って笑う凛子。


「世界一、か……」

「あんたもでしょ? へっぽこギタリスト君?」

「お前もその呼び方やめろよ!! ……でもまあ、へっぽこってのもまちがっちゃいないか」

「何よ、それ……歯切れが悪いなあ」

「俺はお前の言う通り、へっぽこでヘタクソだからな」

「だから『ASTER』のあやめと自分を比べるの?」


 凛子から唐突に出た『あやめ』という言葉に驚くしおん。


「は!? なんで」

「私が知らないとでも思った? あやめは君の弟なんでしょ? ちょっと調べればわかるっての」

「くっそ。それで? 弟に劣る俺でも笑いにきたか? ってかお前、それを知っていて、ヘタクソって呼んでいたんだな」


 そう言って俯くしおん。


「それは違う。知ったのは昨日の夜。ヘタクソって思ったのは、本当にそう思っているから」

「それはそれで腹立たしい回答だな」

「私は素直なんでね。……それでさあ。あんたはいつまでそこにいるつもり? ヘタクソって言われて、弟と比べられたままで。そのままでいいの?」


 凛子の言葉を聞いたしおんは、両手で拳をつくり、ぐっと握りしめた。


「……良いとは思っていない。でも俺は一生あやめに勝てない。どれだけ頑張っても――」

「ちっさ」

「はあ!?」

「世界を目指しているギタリストなのに比べる相手が小さすぎ!! 弟に勝てない? 何言ってんの? 弟に勝つことがゴールじゃないでしょ。世界に行きたいのなら、もっと世界的なバンドや音楽家を引き合いに出せっての」

「お前!!」

「だってそうでしょ? 私は、自分のライバルがハリウッド女優だって思ってる。私ならここをこうするとか、これは負けているからその技術はもっと研究しなくちゃって思ったりさ……」


 凛子はそう言いながら、笑顔で空を見上げた。


「目指すものがあるのなら、目線はそこに合わせなくちゃ。自分を変えたいのなら、成長したいのなら圧倒的な差がある敵に挑むことだよ」


 そう言ってしおんに視線を向ける凛子。しかししおんはそんな凛子から目を背けたままだった。


 そして凛子はしおんに構うことなく、話を続ける。


「私さ。本当にお芝居が好きなんだよ。初めて上がった舞台の上で、不思議な感覚に出会ったんだ」

「不思議な感覚……?」


 興味を持ったしおんは顔を上げて、凛子の方を見た。


「うん。なんていうのかな。あの場にいる全員が繋がる感じというか……共感覚っていうの? すっごいんだよ!」

「そう、なのか……」

「そうなの! それでね、私はそれを感じていたくて、何度も何度も舞台に上がり続けたの……そうしたら、映像のお仕事も来るようになって、そして天才子役なんて言われるようになった」


 しおんは凛子の方を見て、その話をただ黙って聞いていた。凛子は平凡な自分とはまったく違う世界で生きてきたんだな――とそう思いながら。


「……私ね、最初に感じたあの不思議な感覚にまた出会いたくなってね。芝居は出来ないけど、今はアイドルとしてちゃんと舞台に立つことにしたの」


 凛子は自慢げに微笑みながらしおんにそう言った。


「お前すごいんだな。凡人の俺にはきっとわからない感覚なんだろうけど……」

「しおん君でも感じることができるよ。音楽が、ギターが本当に好きならね!」

「本当に好き、か……」

「うん。ねえ、君はなんでギターを弾くの? 弟に勝つため? それとも――」


 凛子の言う通り。俺がギターを弾くのは、あやめに勝つためじゃねえ!


 そう思ったしおんは、凛子の顔をまっすぐに見つめる。


「もちろん、俺がギターを弾きたいと思っているからだ!」


「じゃあもう悩む必要なんてなくない? 誰かに勝つとか負けるとかを考えるよりもギターを純粋に楽しめばいいんだよ! 楽しむことも才能だから」

「楽しむことも才能か……天才子役様は誰よりも演技を楽しむ才能があったのかもな」


 そういって微笑むしおん。


「それはそうかも! 確かに私は人より芝居を楽しむ才能があって、今がある。だからしおん君もそうなれれば、世界一のギタリストになるのも夢じゃないんじゃない?? この元天才子役、現人気急上昇アイドルの知立凛子様が言うんだから間違いなし!」


 そう言って凛子はしおんにウインクを飛ばす。


「自分でそういう肩書を言っちゃダメだろ! ……でもありがとな、凛子。元気出たよ。俺は俺の音楽を楽しむ。あやめなんて関係ない。むしろすぐに超えてやんぜ!」

「その意気、その意気! でも調子には乗らないことだよ!」

「わ、わかってるって!!」


 しおんたちがそんな会話をしていると屋上の扉が開いた。そしてそこには――


「あ……」


 しゅんとする真一とほっとした表情をするまゆおの姿があった。


「しおん。僕――」

「真一! こんなところで立ち止まっている場合じゃない!! さっそく練習だ!! だって俺たちは世界一のロックミュージシャンになるんだろ?」

「え……あ、ああ」


 急に元気を取り戻したしおんに驚く真一。


「よっしゃ! 新曲作るぞ!!」


 そう言って、しおんは屋上を出て行き、


「ちょ、待てよ!!」


 真一はそう言ってしおんを追うように屋上から出て行った。




 屋上に残されたまゆおと凛子。


「え!? 何がどうなったの!?」


 まゆおはしおんの行動の速さに驚き、きょろきょろと周りを見渡し、


「さあ。急にやる気になったみたいですねえ」


 そう言って凛子は優しく微笑んだのだった。




 屋上を出て廊下を走るしおんは、凛子との会話で感じたことをふと思い出す。


 自分がいかに小さなことで悩んでいたのか、そして自分の目指すべきものは何なのか――と。


 俺が目指すのは世界だ。あやめを倒すためにギターを始めたわけじゃない。俺自身が、ギターを好きで好きでたまらないからやるんだ!!


 しおんは凛子の言葉から自分の想いに気が付き、そして前へ進むことに決めたのだった。




「しおん、どこにいるんだ……?」


 暁はそう呟きながら、廊下を歩いていると、


「ちょっと、しおん! 待っててば!!」

「早くしろよー!! 今、いいメロディが浮かんだんだって!!」


 そう言いながら、廊下を走り去るしおんと真一の姿を見つけた。


「ははは。今回も俺の出番はなかったみたいだな。まあ仲直りはできたみたいだし、俺は戻って報告書でも……」


 暁はそう言って微笑むと、職員室に戻っていったのだった。

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