第46話ー② しおんとあやめ
数か月前。鳴海家、リビング。
しおんはソファで座っていると、
「しおん! 聞いたわよ!! またテストの成績が悪かったんですってね……あんたはなんでいつもそんな――!」
そう言って
(またか……めんどくせぇ)
そう思いながら、しおんはヒステリックに自分を罵倒する母の言葉を適当に受け流した。
「聞いてるの? 聞こえているなら、何か言いなさいよ!!」
「……」
それからしおんは何も言わず立ち上がり、自分の部屋に戻ったのだった。
「俺だってあんたの子供に生まれたかったわけじゃねえよ」
そしてしおんはアコースティックギターをケースから取り出し、その弦に触れる。
「この時間が一番幸せだな」
それからしおんはアコースティックギターで弾き語りを始めた。
――数時間後。
「ふう。だいぶ今日はやったな」
しおんはそう言って窓を見ると、外が真っ暗になっていることに気が付く。
こんなに夢中になっていたなんてな。でも音楽は……ギターだけは俺を裏切らないから――。
そう思いながら、手に持つギターを優しく見つめるしおん。
「今の俺の演奏を聴いたら、ばあちゃんはなんていうかな。うまくなったって言って喜んでくれるかな」
そんなことを言いながら、しおんは窓の外を見つめる。
(今は俺の演奏を聴いてくれる人は誰もいない。でも天国のばあちゃんに届くように……俺は今日もギターを弾くよ)
そんなことを思いながら微笑むしおん。そして――
――ぐぅぅぅ。
突然鳴きだすしおんの腹の虫。
「さすがに、腹減ったな。何か食うか」
そしてしおんは部屋を出て、リビングに向かった。
リビングの入り口に来たとき、そこに人の気配があるのを感じた。
「あやめ~! 今日もお疲れさま! ほら、これ食べなさい」
「あ、ありがとう母さん……」
しおんはそんな会話を聞き、またあやめがいい子ちゃんぶってるのか――と不快に思った。
しおんは2人にあまり関わらないようにとこっそりリビングに入ってから、キッチンに向かった。
するとあやめはしおんの存在に気が付き、
「あ! 兄さん!!」
そう言ってしおんの元に駆け寄る。
あやめが関わると大概良くないことが起こる。それを知っているしおんはあえてあやめに関わらないように、その声を聞かなかったことにした。
「しおん! あんたさっき声かけたのに、部屋から出てこなかったわよね? あんたの晩御飯はあんたが自分で用意しなさいよ!」
さっきまであやめに甘い声を発していた母は豹変したようにしおんへきつい口調でそう言った。
いつものことだからいちいち気にはしないけれど、これだけ別人格に変えられる才能があるのなら、女優にでもなればいいんじゃないかとしおんはそう思った。
「はいはい……」
しおんはそんなことを思い、母へ適当に返事をしてから冷蔵庫にあった夕食の余りを温めた。
さんざん目の敵にしているくせに、ちゃんとご飯は用意してくれるんだよな。一応母親ってことは忘れていないみたいでそこだけは安心するよ――。
それから温め終わった夕食をお盆に乗せて。しおんはリビングを出て行った。
あやめの視線を感じたが、しおんは無視してそのまま部屋へと向かった。
「腹もいっぱいになったし、もう少しだけギターの練習でもするかな!」
夕食を摂り終えたしおんは、再びギターを手に持つ。
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
もしかして母さんか? でもあの人がいちいちノックなんてするわけ――
「兄さん! ちょっといい?」
部屋を訪れたのはあやめだった。
「あやめ?」
一体何の用事なんだろう。
そんなことを思いつつ、しおんは部屋の扉を開く。
「なんだ」
しおんがそう言うと、あやめは手に持ったギターを前に出しながら、
「ちょっとわからないところがあって……兄さんに教えてもらおうかなって!」
そう言って笑った。
その笑顔はあやめからしたら自然に出てきた笑顔だったのかもしれないが、しおんにとっては嘲笑に見えた。
あやめは俺のことを馬鹿にするつもりなんじゃないか――とそう思ったしおんは、
「……何のつもりだ」
そう言って俯き、両手で拳を作って握りしめた。
「え?」
「メジャーデビューしたバンドのボーカルが、ド素人の俺にギターを教わる? 馬鹿にすんなよ! 自分の方が少しうまいからって! 人に好かれているからって!! 俺のこと、馬鹿にすんじゃねえよ!!」
「ぼ、僕、そんなつもり……」
「っるせえ!! お前なんてどっか行っちまえよ!!」
しおんがその言葉を発したと同時に、しおんの前からあやめが突然姿を消した。
「……は?」
そしてしおんは目の前で起きた出来事を信じられず、目を見開いていた。
「うう……」
どこかからうなり声が聞こえたしおんは、周りを見渡すと廊下の壁の前で座り込み動けずにいるあやめの姿を見つける。
「あやめ!!」
しおんはそう言ってあやめに駆け寄った。そしてしおんはまじまじとそのあやめの顔を見つめると、その額から出血していることを知った。
「お、おい! あやめ!? 大丈夫か!! おいっ!!」
そして騒ぎを聞きつけた母が、しおんたちの元へとやってくると、母は悲鳴を上げてからしおんを突き飛ばしてあやめに寄り添った。
それからのことはよく覚えていない。気が付くと、俺と母は病院の診察室の前にいたんだ――。
「あんた……あやめに何したの」
母は急に口を開いたと思ったら、重々しい口調でしおんにそう言った。
「何って……俺は、何も……」
しおんがそう言うと座っていた母は立ち上がり、しおんの前に来て肩を掴み強く揺すった。
「何もないわけないでしょ!! じゃあなんであやめはあんなけがを!! あやめはね、特別なのよ!! あんたみたいな出来損ないと違うんだから!!」
今まで母さんが俺をどう思っているかなんて知らなかったけれど、まさか出来損ないなんて思っていたんだな――。
しおんは母に揺すられながら、そんなことを思っていた。
「聞いてんの!? なんか言いなさいよ!!」
しおんは何も答えなかった。いや、答えられなかった。あの時、何があったのか本当にしおんはわからなかったから。
それから一通りの検査を終えたあやめの元に母は向かった。
しおんはあやめにどんな顔をしていいのかわからず、その場から動けなかった。
「俺がどっか行っちまえなんて言わなきゃよかったのかな……」
しばらくすると、母が戻って来た。
「2,3日は念のために入院するって。一度着替えを取りに家に戻るわ」
そしてしおんと母は病院を出ていった。
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