第46話ー③ しおんとあやめ

 帰りの車の中。


 しおんはボーっと窓の外を眺めていると、


「しおん。あんた、明日検査をうけなさい」


 母は静かな口調でしおんにそう言った。


「は? 検査? 俺はどこも悪くないけど」

「……『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の検査よ」

「え……でもこの間の定期検査では能力はないって……」


 そう言って俯くしおん。そして母はしおんの方を見ることもなく、淡々と話を続ける。



「急に出てくることもあるってさっき先生から言われた。傷の具合から、人間の力とは思えない力が加わったことであやめは吹き飛んだんじゃないかって」


「そんな……俺が、まさか」


「とりあえず明日、父さんといってきなさい」


「……」


「はあ。勝手にすればいいわ。でもね、後悔するのはあんただからね」



 それから車内はまた無言になり、家に到着したしおんは真っ先に自分の部屋へ向かい、その部屋に閉じこもった。


「俺に『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の力があるのか……? そんなはずない! 俺は無能力者だ! この間の検査だって、問題なかったじゃないか! それにもう高校2年になるんだぞ。今更、覚醒するなんてこと」


 しおんは一人で佇みながらそんなことを口にしていた。


「少し冷静になろう。ギターでも弾くか」


 そう言って、しおんはギターを手に取る。


 そしていつものように左手でネックを押さえて、右手に持ったピックで弦を弾いていく。


 大好きなバンド『Brightブライト Redレッド Flameフレイム』の曲。


 彼らの曲は俺の闘志を燃やしてくれる。理不尽も不条理も全てを吹き飛ばすその楽曲には不思議な力があって、いつも俺の背中を押してくれた――。


 そしてしおんは歌いながら、不意にあやめのことを思い出す。


 いきなり自分の目の前から消えたと思ったら、壁に頭を打って座り込んでいたあやめ。


 あれはなんだったんだ――と疑問を抱くしおん。


(あやめ、何ともないといいけどな……)


 そしてしおんはあやめのことを心配しつつも、あの出来事の直前にあったやりとりを思い出した。


 ギターを教えろ、か……あやめのやつ、本当に俺にギターを……?


 いや、違う。本当はギターを教わるふりをして、俺との実力を見せつけたかったんじゃないのか? こんなヘタクソに教わるわけないって、最後に馬鹿にするつもりだったんだよ。


 あやめはメジャーデビューもしているのに、ただの凡人の俺に教えろなんて言うはずがない。あいつは誰かを下に見て、自分の余裕を保っている奴なんだよ!!


 そうじゃなきゃ、何なんだ……そうじゃなきゃ、俺は――


 そんなことを思いながら、だんだんと苛立ちを募らせるしおん。


 そしてその感情が歌声に乗る。楽しんでいたはずの歌声は攻撃的に刺さるような音に変化していくのを感じた。


 あやめなんていなければ――!!


 そう思った時、ガラガラ――と何かが崩れる音がして、しおんがその方を向くと壁が崩れていた。


「は……?」


 しおんはまた何が起こったのかわからなかった。


 なんで壁が崩れてんだ? 俺は何も――


「ちょっとしおん!! 今の音……これはどういうことなの!?」


 崩れる音を聞きつけた母が、そう言いながら勝手にしおんの部屋に入ってくる。


「何、勝手に入ってきてんだよ!」


 しおんはそう言って母を怒鳴りつけた。


 そして母はそんなしおんの言葉を聞き、崩れた壁に指を差しながら、


「あんた、これを見てまだ自分が普通の人間だって思ってるの? あんたは危険なの!! ここにいたら、あやめの人生がめちゃくちゃになるわ!」


 いつものヒステリックな口調でそう言った。


(また、あやめかよ……)


「あやめあやめあやめって! あんたは本当にそればっかだな! 俺のことなんてまるで眼中にねえ! あんたの子供になんて……こんな家になんて生まれるんじゃなかったよ!!」

「……私もあんたなんて産まなきゃよかったわ!!」


(なんだよ、それ……!)


「ちっ……もう俺の前に現れんな! お前なんて、どっかいっちまえよ!!」


 しおんが母に向かってそう言うと、母はあやめの時のように吹き飛び、壁に打ち付けられた。


「親に、こんな、こと、するなん、て……」


 そのまま意識を失う母。


「俺が、やったのか……俺、は無能力者のはずなのに」


 それから父が帰宅し、状況を目の当たりにすると、父はしおんには何も言わず母を病院へ連れて行った。


 その後、俺は父に連れられて『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の検査を受けた。そして以前は見られなかった能力の覚醒が見つかり、4月からしおんはS級クラスの保護施設に行くことになったのだった。


 しおんが家を出るとき、あやめは何も言わずにしおんを見つめていた。


(何なんだよ。哀れだなとでも思ってんのか……)


 それからしおんは何も言わないあやめに向かって、


「せいぜい頑張れよ」


 そう言って家を出た。


「兄さん……あの――」


 しおんはあやめの言葉を聞くこともなくそのままその場を去ったのだった。

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