第46話ー① しおんとあやめ

 しおんの自室にて。しおんと真一は歌の練習をしていた。


「……ストップ。今の音は何? やる気がないなら、もうやめるけど」


 真一はそう言ってしおんを睨みつけた。


「悪い。やる気がないわけじゃないんだ……ただ」


 そう言って俯くしおん。


「今日はもうやめよう。このままやっても無意味だよ」


 そう言って部屋を出て行く真一。


 そして一人取り残されるしおん。


「ただ、俺は……」


 しおんはその場で立ち尽くしていた。




 夕食後、食堂を出たしおんは共同スペースでボーっとテレビを観ていた。


「真一、今頃どうしてんのかな。さっき、食堂に来ていなかったな。俺に会いたくなかったのか。もしかして一緒に組むのはやめようと思っているんじゃ……」


 しおんはそんな不安を口にしていた。


 やっぱり俺のギターじゃ、ダメなのか。あいつ……あやめぐらいの実力がないとやっぱり俺なんかとやれないってことなのか――。


「はあ」


『さあ、今日は! 今、注目の学生バンド! 『ASTERアスター』の皆さんです!』


 その言葉を聞き、しおんはテレビに意識を向ける。


『年末の大型音楽番組の出演も決まり、先日発売されたファーストアルバムは週間アルバムランキング1位を獲得。飛ぶ鳥を落とす勢いの『ASTER』の皆さんは、今どんな心境ですか?』


『ありがとうございます! ボーカルのあやめです。まさか僕たちのバンドがこんなにもたくさんの方に愛していただけているなんて、本当に幸せです。僕たちはまだまだ始まったばかりですので、これからも精進していこうと思います! いつも応援してくださるファンの皆さん。本当にありがとうございます!』


『ありがとうございます! あやめ君はとても謙虚なんですね! だからこそ、たくさんの方々に支持されるバンドなんだなと思いました。それでは次の――』


 それからMCの女性が何個か質問をすると、画面に映る5人のバンドマンたちは和気あいあいとその質問に答えていた。


「あいつばっかり……なんで」


 しおんはテレビの向こう側にいる『ASTER』を睨みつける。


 こんなことをしても何にもならないことくらいわかっているけれど、それでもしおんはそうせずにはいられなかった。


『それでは! 『ASTER』に一曲披露していただきましょう! 先日発売されたアルバム【StarLight】より【星の瞬く夜に】』


 そしてしおんはテレビから聞えてくる音楽に、気が付くと夢中になっていた。


 それはまるで星の海を泳いでいるような、そんなキラキラしたサウンドだった。そしてしおんが一番惹かれたのは、その音楽や空間を演奏者である『ASTER』が一番楽しんでいるように見えたこと。


 ただ純粋に音楽を楽しんでいるあやめの姿を見て、しおんは悔しさと嫉妬の気持ちで満たされていった。


「なんであいつばっかり、いつも幸せそうなんだ。俺だって!!」

「どうしたの、しおん君。そんな大声出して」


 背後から唐突に聞こえた声に振り向くしおん。


「まゆおか。何でもないよ……」

「テレビを観ていたんだね! あ、そのバンド。今一番人気の学生バンドだよね。もしかしてしおん君もこのバンドに興味があるの?」

「別に」


 しおんはそう言ってまゆおから目をそらす。


「そうなんだ。……実はこの『ASTER』ってバンドはね、僕にとって大切な人と思い出のバンドなんだよ」


 まゆおは嬉しそうにしおんへそう言った。


「……俺には関係ない話だな」


 しおんはまゆおに冷たくそう返す。


「ははは。そうだね。でも僕にとってこのバンドは大切ってことなんだ」


 まゆおのその言葉にしおんは奥歯を噛みしめた。


 こんなに自分の身近な人間にもあやめは影響を与えているのか――そう思いながら、しおんは苛立ちを募らせる。


 なんであいつばかり……いつもみんな『あやめ、あやめ』って――


 しおんは怒りで拳を強く握る。そしてその手は震えていた。


「しおん君、どうしたの?」

「なんでもない!」


 しおんがそう言うと、風圧がまゆおを襲う。


 まゆおは両腕で顔を覆い、何とかその場に留まった。


「ちっ」


 それからしおんは舌をならして、まゆおの前から立ち去った。


「しおん君!!」


 まゆおはそう言ってしおんを呼び止めたが、しおんはそれに応じることもなく、共同スペースを後にしたのだった。


「なんであいつばかり……」


 そして部屋についたしおんは勢いよく部屋の扉を閉めて、ベッドに身体を預けた。




 ――すべてはあの時の出来事が原因なんだ。

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