第45.5話ー② 素直じゃない ~暁のいない2日間~

 織姫は自室に着くと、


「何なの……。この感覚」


 そう言ってから椅子に座り、深呼吸をする。


「はあ。何なんだろう」


 そんなことを呟き、ふとスマホの目を向けると、ちょうど誰かからの新着メッセージが届いた。


「誰だろ……」


 織姫はそう言って画面にタップすると、『新着メッセージ 弦太』と画面に表示されていた。


「何なの、もう」


 弦太は織姫がこの施設に来てから毎日のようにメッセージを送ってきていた。


 そしてその内容はとてもくだらないことばかりで、S級施設に入った自分のことをあざ笑っているつもりなんじゃないかとふと思う織姫。


 それから織姫はそのメッセージを開き、特に返信することもなくそのまま画面を閉じた。


 ここへ来てから織姫は一度も弦太のメッセージに返信していなかった。それは憎い相手なんかとわざわざ話す必要がないと思っていたからだった。


 そして弦太がなぜ毎日欠かさずメッセージを送って来るのか、その理由はよくわからなかったけれど、織姫はそのことをよく思ってはいなかった。


(毎日、毎日……もしかして弦太は暇なのかしら――)


「はあ。今は弦太ことよりもこの感情よ……」


 結衣の言葉を聞いたときから、ずっとドキドキする胸に困惑する織姫。


(だからこれは、一体何なの!?)


「ああああ! わかんない!! こういう時、本の中に答えがあるんじゃない!?」


 そして織姫は部屋にある本を取り出して読み漁った。


 それから数時間後……。結局、織姫はこの感情の正体が分からなかった。


「あ、もうこんな時間!?」


 織姫はかなり長い間、本を読みふけっていたようで外は真っ暗になっていた。


「夕食の時間、少し遅れちゃったな……」


 そう言いながら、織姫は食堂を目指した。


 確かあの教師、夕食には間に合うとかなんとか言っていたっけ。じゃあ夕食は一緒に――


「……ん?」


 織姫は自分が暁に会えることを楽しみにしていることにふと気が付く。


「いやいやいや。それはないって! ただいつもと違うから、それが違和感に感じているだけだって!!」


 そんなことを呟きながら食堂に着くと、そこに暁の姿はなかった。


「あ! 織姫ちゃーん!」


 そう言って、結衣は織姫に手を振っていた。そして結衣たちのいるテーブルに向かう織姫。


「あの、せ、先生は?」

「まだみたい」

「そう、ですか……」


(私、なんでそんな質問を……それじゃ、まるで――)


「心配?」


 マリアは覗き込むように織姫にそう言った。


「ち、違います! 一人だけ外の世界を楽しんで、ずるいって思っているんです! 私たちに気を遣って、もっと早く帰って来るべきじゃないかって思っているんです!!」


 なぜかむきになって織姫はそう答えていた。


「そっか」


 マリアさんは笑いながら、織姫にそう告げる。


「マリアさんは、何を理解されたのでしょうか……」


 それから織姫はお皿に食べ物を盛り付けて、結衣の隣に座った。


「いただきます」


 そう言って自分の皿にあるものを食べ始める織姫。


 しかし織姫は皿にあるものを食べながらもなんとなくぼーっとして、まだ帰ってこない暁のことを気にしていた。


 それから食堂に誰かが来るたびに視線を向けるが、暁は現れず――


(まだかな……)


 そんなことを思っていると無意識に食べるペースが遅くなり、気が付くと食堂には織姫一人だけになっていた。


「そういえば、今日はから揚げだったわね」


 織姫はそう呟きながら、カウンターに並んでいるから揚げを見つめた。


「ま、まあ残っていてもったいないから、仕方なくですよ? 仕方なく取り置きをしてあげようってだけです!」


 そして織姫は皿にから揚げとサラダを盛り付ける。


「あれ、織姫? まだ残ってたの?」

「ま、マリアさん!?」


 そして皿に盛りつけられたから揚げを見たマリアはニコッと微笑んで、


「それってもしかして……」


 織姫にそう告げた。


「ち、違いますよ! これは先生への取り置きとかそんなんじゃなく!! 夜食……そう! 私の夜食です!! 今夜はちょっと徹夜で勉強したいなあって!!」

「ふふふ。そっか」


 マリアさんは本当に何を理解されているのでしょう――そんなことを思う織姫。


「マリアさんはどうしたんです?」

「うーん。何でもない。じゃあ、お風呂行ってきます」


 そう言って食堂の出口に向かうマリア。そしてマリアは何かを思い出したかのように振り返ると、


「名前書いておいた方がいいよ。しおんとかに食べられちゃうと困るでしょ?」


 そう言って出て行った。


「だ、だから――! って聞こえていないですよね。でも名前……か」


 それから織姫は盛り付けた皿にラップをかけて、キッチンスペースにあったメモ用紙を一枚もらい『先生へ』とマジックペンで書くと、それをラップの上に乗せた。


「よし!」


 そして織姫は食堂を出たのだった。


 翌朝、置いた皿が無くなっていたことを確認すると、織姫は嬉しくなって笑っていた。


「ちゃんと食べてくれたのかな」


 そして織姫の一日が始まった。




 それからの施設は、暁が帰ってきていつもの日常に戻ったのだった――。

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