第43話ー③ 思い出の地へ

 暁が向かっている宿泊施設は、政府の管轄である研究施設だった。


 普段、お世話になっている櫻井所長の後輩が管理しているそうで、その人が今回のわがままを二つ返事でOKしてくれたということらしい。


「会ったらちゃんとお礼を言わなきゃな……」


 そんなことを思いつつ、暁は大通りの歩行道を歩いていた。


 夕方の時間帯という事もあり、車道には多くの車が行きかっている。そして歩行道にも多くの家族連れが歩いていた。


「家族か……俺が普通の人間だったなら、どんな未来が待っていたんだろうな」


 暁はそんなことを呟きながら、さきほどたくやから聞いた話のことを思い返していた。


 自分の能力が目覚めた後に、家族たちは不幸なことが立て続けに起こっていた。自分があの家を離れなければ、違う運命が待っていたんじゃないか――と暁は思っていた。


「みんなは俺のことを恨んでいるだろうか……」


 そんなことを言いつつ、ため息が漏れる暁。


 それから暁はふと顔を上げると、反対側の歩行道から一個のボールが車道へ転がっていくのが見えた。


(まさか子供が飛び出すなんてこと――)


 暁がそんなことを思っていると、小さな少年が転がったボールを追って車道へと飛び出した。


「きゃーー!」


 それを見た誰かが悲鳴を上げる。


「危ない!」


 そして暁の身体は、とっさに動いていた。


 ――キキーッ


 響き渡る車のブレーキ音……。


 行きかう人々が一斉にそこへ視線を向けた。


 そしてしばらくの静寂……。


 少年の目の前に迫っていた車の運転手は、道路わきに車を止めてその車の中から降りてきた。そして大慌てで人々の視線が集まる場所へと駆け寄った。


「おい! 大丈夫か!!」


 運転手がそう告げると、


「ええ。この子は無事です」


 暁は笑顔でそう答えた。


 暁の腕の中にいる小さな少年を見た運転手は、ほっと胸を撫でおろし、


「はあ。あんがとな、兄ちゃん! おかげで俺も助かったぜ」


 そう言って笑った。


 そしてその場で大きな拍手が起こる。


「あ、えっと……ありがとうございます」


 暁は照れながら、頭をぺこぺこと下げていた。


 そして――


璃央りお! 璃央りおは大丈夫ですか!!」


 そう言いながら、暁の元にやってくる一人の女性。


「あ、ママ!!」


 そう言って、少年はその女性の元へと向かった。


「よかった……ごめんね、私が目を離したから……」


 そして抱き合う二人。


 そんな親子の姿を見て、暁は嬉しくなり微笑んだ。


「あの、ありがとございま……す?」


 母親は顔を上げて、暁の顔を見ると驚いた表情をした。


 そして暁もその女性の顔を見て、驚愕していた。


「もしかして、お兄ちゃん……?」

「やっぱり……美鈴みすずか?」


 暁たちはお互いの顔を見たまま、しばらく固まる。


 まさか行方知らずの妹とこんなところで再会するなんて――と暁はそう思ったのだった。




 それから暁たちは場所を近くの公園に移した。


「いつこっちに帰ってきたの?」


 公園のベンチに腰掛けながら、美鈴は暁にそう問いかけた。


「今日の昼頃かな。でも明日には戻らなくちゃいけないんだけどな」

「そうなんだ……さっき璃央を助けてくれた時に見たけど、まだ能力がなくなったわけじゃないんだね」


 そう言って、悲しそうにする美鈴。


 暁は、美鈴もさっきの獣人化ビーストの能力を見ていたのかと思いつつ、そのまま会話を続けた。


「ああ。それにもう俺はこのままずっとこの能力と生きなくちゃいけない。能力がなくなることはないんだそうだ」

「え……」


 驚いて目を見開く美鈴。


 そりゃ、驚くよな。俺だって初めてそれを来たときは、すごく驚いたんだから――。


「だから俺は、S級クラスの施設で教師になったんだ。あの場所だったら、俺は俺のやりたいことができるから」


 そう言って暁は美鈴に笑いかける。


「夢、叶ったんだね……お兄ちゃんはすごいよ」

「そうか? はは。ありがとうな」

「お兄ちゃん、『今』楽しい?」


 美鈴は暁の顔を覗きながら、そう問いかけた。


「ああ。楽しいよ。この能力がなければ、出会えなかった人たちがたくさんいる。自分の能力が嫌になることもあったけど、それでも俺は自分の人生に後悔はしていないさ」


 暁は満面の笑みで美鈴にそう答えた。


「そうか。なら、よかった」


 そう言って、ほっとしながら笑う美鈴。


「そういう美鈴はどうなんだ? ……俺のこと、恨んでいるんじゃないか? 俺がいなくなって、家族は大変だったって聞いたから」


 暁は俯きながら、美鈴に聞いた。


「恨んでなんかいるわけない。むしろ逆だよ……私がもっとしっかりしていたら、お兄ちゃんにばかり負担を掛けなかったのにってずっと思ってた。私のせいでお兄ちゃんはSS級になったんじゃないかって、そうやって悩んだ時期もあったよ」

「美鈴……」


 俺は馬鹿だな。また自分のことばかり考えて……美鈴も他の兄妹たちもきっと自分を責めただろうな――。


「お兄ちゃんが幸せだって言ってくれて安心したよ。これで私もなんか吹っ切れた!! ありがとう、お兄ちゃん!」


 そう言って、優しく微笑む美鈴。


「いや、俺の方こそありがとう。会えてよかったよ」


 そして18時を知らせるサイレンが公園に響き渡る。


「あ! こんな時間!! 早く帰って夕飯の支度をしないと……お兄ちゃん、連絡先教えて! 明日、付き合ってほしいところがあるの!」

「あ、ああ。わかった」


 そして暁たちは連絡用アプリでお互いの連絡先を交換した。


「ありがとう! じゃあまた明日ね! 璃央、帰るよ!」


 美鈴は砂場で一人楽しく遊んでいた璃央に声を掛けると、璃央は美鈴の元へと駆け寄った。


「じゃあ、おじさん。ばいばい!!」


 そう言って璃央は暁に手を振り、美鈴と二人で公園を後にしたのだった。


 2人を見送った暁は力が抜けたようにベンチに座った。


 まさかあんなところで美鈴に会えるなんて――


 暁はそんなことを呆然と思っていた。


「来てよかったな……」


 それから暁はしばらくそのベンチで過ごしてから、宿泊施設へと向かったのだった。

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