第43話ー④ 思い出の地へ

 所長から聞いていた住所を頼りに、暁は宿泊する施設にやってきた。


「ここ……か?」


 施設と言うくらいだから、研究所のような場所を想像していたけれど――


 そう思いながら、目の前に建つ建物を見つめる暁。

 

 そこに建っていたのは普通の一軒家だった。


「施設と言うよりはアットホームな民泊か?」


 それから暁は表札を確認すると、


花村はなむら……って書いてあるな。ここで間違いない」


 そう呟いてから玄関扉の前に行き、チャイムを鳴らす。


 それからしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。


「いらっしゃい!」


 そう言って出てきたのは、小柄な女の子だった。


「え……」

「あれ、お客さんじゃないの?」


 もしかしてこの幼女が、所長の後輩さんなのか……? そうだとすると、この見た目で30代前半ということになるわけだけど――


「うーん」

「おじさん、なんか変な目で私のことを見てない?」


 暁をギロリと睨みつける幼女。


「そ、そんなことは!」

「お母さーん! お客さんが気持ち悪いよー」


 そう言って、家の奥へと消えていく。


「そんな失礼なこと言わないの! 大事なお客様さんだから!!」

「でも~」


 暁はその会話を聞きながら、部屋の奥を見つめた。


 すると、エプロンをつけた女性が奥から現れる。


「すみません、うちの立夏りつかが失礼なことを!」

「あ、いえ。大丈夫です……」


 暁はそう言いながら、苦笑いをした。


「話は櫻井先輩から聞いていますよ! さあ、中へどうぞ」

「お邪魔します」


 そして暁は家の中へ入っていった。


「ここって、普通の家みたいですけど……」


 暁は抱いた疑問を花村にそう尋ねた。


「そうですね! ここは自宅兼作業場みたいなものなんですよ!」

「そうなんですね!」


 それから花村に部屋を案内された暁は荷物を下ろしてから、ベッドに寝転がった。


「はあ。なんだかいろいろあった一日だったな」


 そんなことを呟きつつ、暁は天井を見上げた。


 そう言えば、美鈴が俺に付き合ってほしいところってどこなんだろうな――。


「ま、明日になればわかることか」


 それから暁は花村家で食事を囲み、花村家の人たちと楽しいひと晩を過ごした。


 ――翌朝。お世話になった花村にお礼を告げ、暁は花村家を後にした。


「花村さんの家族はみんな仲が良くて、幸せそうだったな……」


 暁は昨晩のことを思い出し、その幸せ感に浸っていた。


 それは俺が掴むことのできない幸せ……。家族と楽しそうに笑う家なんて、俺は願っても手に入れることはできないだろうな。きっとこれからも――。


 そんなことをふと考えて、悲し気な表情をする暁。


「俺は俺の決められた運命に従って生きるしかないのかもしれないな」


 そして暁は、美鈴と約束している集合場所へと向かった。




 暁は美鈴に指定された駅前で美鈴が来るのを待っていた。


「まだ少し早いかな……」


 集合時間より30分も早く着いた暁は、適当に花壇のレンガに腰を下ろして、美鈴を待つことにした。それから30分後――


「お待たせ、お兄ちゃん! ごめんね、遅くなって」

「いや、時間ぴったりだよ! ……なんか荷物が多いみたいだけど?」


 花束を手に持ち、大きめのトートバッグを肩にかけている美鈴の姿を見た暁は、そう言った。


「あ、うん。これはね! 今からお父さんとお母さんのお墓参りに行こうと思って!」

「お墓参り……」

「うん! じゃあお兄ちゃんはこの花を持って!」


 そう言って、暁に持っていた花束を手渡す美鈴。


「あ、ああ。わかった」

「じゃあ、急ごう! バスの時間が!」


 それから暁たちは急いでバスに乗りこみ、墓地へと向かったのだった。




 バスを降りた暁たちは、両親の墓に向かって歩いていた。


「ここにはよく来るのか?」


 暁は歩きながら、美鈴にそう尋ねた。


「まあね。だって、私以外で頻繁に来れる人もいないでしょ?」


 美鈴はそう言いながら歩き続ける。


「ごめんな……」


 暁はそんな美鈴の言葉を聞き、俯くことしかできなかった。


「謝らないで! 私はいつか兄妹みんなでお墓参りができるように、ここを守る役目を任されているだけだよ」


 そう言いながら、美鈴は振り返ると優しく微笑んだ。


「そうか……なら、よろしく頼むよ、美鈴」

「もちろん! あ、でもたまに誰かが来ていて、お花が新しくなっているときがあるんだよね。蓮二れんじかえでかな?」

「へえ。そうなんだな」


 それから暁と美鈴は両親の眠る墓の前へやってきた。


「じゃあ、私はお水を換えてくるから! お兄ちゃんは雑草を抜いておいて」

「わかった」


 美鈴に言われた暁は、墓の周りに生える小さな雑草を引っこ抜いていた。そして美鈴が頻繁に来ているおかげなのか、美鈴が水を汲み終わるころには雑草を抜き終わっていた。


「ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、これ!」


 そう言って美鈴は、線香を一本取り出して暁に渡した。


「俺、手を合わせてもいいのかな」


 暁は線香を受け取りながら、そんなことを呟く。


「何言ってるの? いいに決まってるじゃない。子供が親のお墓に線香を上げなかったら、誰があげるの」


 そう言って美鈴は暁に笑いかけた。


「そう、だな……」


 そして暁は墓の前にしゃがむと、受け取った線香の先に蝋燭の火をつける。すると蝋燭から小さな炎が線香に移り、暁は線香を横に振りながらその炎を消した。それから香炉にそっとその線香を置いて、暁は目を閉じながら手を合わせて、心の中で両親に思いを伝えることに――。


『父さん、母さん。ただいま。帰りが遅くなってごめん。そして何にもしてあげられなくて、ごめん。迷惑しかかけなくて、ごめん。どれだけ謝ってもたりないくらいだよ。でもちゃんとここに来られてよかった。次はいつになるかわからないけど、また必ず手を合わせに来るから……』


 そして暁は目をあけて、墓前から立ち上がる。


「言いたいことは言えた?」


 美鈴はそう言いながら、暁の顔を覗き込む。


「まあ、な」


 暁はそう言いながら、美鈴に笑いかけた。


「そっか。……じゃあ私も、璃央のことを報告しなくちゃ」


 そう言ってから美鈴も線香に火をつけて香炉に線香を置き、手を合わせた。


 その美鈴の表情は、とても嬉しそうだった。


 きっと璃央の成長が日々嬉しいんだろうな。だからあんな顔で父さんたちに――。


 暁はそう思いながら、笑顔になっていた。

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