第42話ー① 父と娘

 新学期が始まり、暁たちはいつも通りの日常に戻っていた。


 夏休みを終えて、何か環境の変化があったとすれば、しおんの機嫌悪さとマリアが本格的な受験シーズンに入ったということ。


 暁はしおんのことも少々心配に思いつつ、受験を控えるマリアが無理をしているんじゃないかと日々不安に思っていた。


 能力が消失しているとはいえ、やはり自分の生徒が苦しむ姿は見たくないもの……。剛の時みたいに気が付けない教師ではありたくないからな。


 暁はそう思い、マリアが無茶な勉強をしていないかと日々観察していた。


「……うん。これでいい」


 マリアはそう言ってから、筆記用具類をまとめて立ち上がり、颯爽と教室を出て行った。


 あ、あれ……? もしかして俺が心配することでもないのだろうか。


 暁は教室を出て行ったマリアの後姿を見ながら、ふとそう思ったのだった。


 そしてあとから結衣に聞いた話だったけれど、マリアはもともと地頭が良く、少し頑張れはだいたいの勉強はこなせてしまうんだとか。まあキリヤの妹だし、頭がいいことはわかっていたけど――。


「取り越し苦労で済むなら、それでいいか」


 暁はそう言いながら、微笑んでいた。




 その日の晩。


 夕食を済ませたマリアは自室で一人くつろいでいた。


「今日もよく勉強したなぁ」


 そう呟きながら、身体を伸ばすマリア。


 すると、ブブッとスマホが振動する。


 ――着信 キリヤ


 マリアのスマホにはそう表示されていた。


「キリヤから電話してくるなんて……何かあったのかな」


 そしてマリアは画面をタップして、電話に応じた。


「もしもし。どうしたの、キリヤ?」

『久しぶり。どうってことはないけど、元気にしているかなって思って』

「元気。私もみんなも。最近、転入生たちとも打ち解けてきて楽しくやってるよ。キリヤはお仕事の方はどう? 順調?」

『う、うん……。まあ。そこそこに……』


 キリヤの答えを聞き、あまり順調ではないことを察するマリア。


 これ以上、この話を広げるのはキリヤには酷かもしれないな。


 そう感じたマリアは、この話題をここで終わらせることにした。


「……そう。無理せずに頑張って」


 優しいトーンでそう告げるマリア。


「ありがとう、マリア」


 キリヤはほっとした声でそう答えた。


 それからマリアは、思い出したようにキリヤに伝える。


「そういえば、言ってなかったけど、能力がなくなったよ」

『そうなの!?』

「うん」


 声だけでキリヤの驚く顔が目に浮かぶ。


 そんなことを思いつつ、『くすっ』と笑うマリア。


『よかったね、マリア。本当に……』


 そう言いながら、声が震えるキリヤ。


 そんなに喜んでもらえるとは思わず、マリアは感極まり涙ぐみながらキリヤに告げる。


「キリヤが私のお兄ちゃんでいてくれたから、私は頑張れた。ずっと好きでいてくれてありがとう。私もキリヤのこと、ずっと大好きでいるから」

『マリア……』


 キリヤは鼻をすすりながら、そう言って嬉しそうにしていた。


「泣かないでよ。もう大人なんだから」


 マリアはやれやれといった感じで、キリヤにそう言いながら笑う。


『うん、そうだね……』

「じゃあもう切るよ? 明日も仕事でしょ?」

『うん。お兄ちゃん、頑張る! マリアのおかげで明日はうまくいく気がするよ!』

「それは良かった。じゃあ、おやすみなさい」


 そしてマリアは通話を終えた。


「キリヤは相変わらずみたいでよかった」


 そう言って、マリアは一人微笑んでいた。


 キリヤからあまり連絡がないことをマリア自身も少し心配に思っていた。


 仕事を始めたことでキリヤは変わってしまったんじゃないか――と。


 しかし変わらずに優しい兄だったことで、マリアはほっとしたのだった。


「キリヤはお仕事頑張ってる。今度は私が頑張る番」


 そしてマリアは胸の前で、きゅっと拳をつくる。


「夢を、叶える……」


 マリアはキリヤと会話をすることで、受験勉強への意欲をさらに高めたようだった。

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