第6章 家族

第41話 思い出

「さすがに2年半も住んでいると、いろいろと溜まってくるもんだな……」


 暁はそんなことを言いながら、部屋のクローゼットの中を覗いていた。


 来たときはほとんどガラガラだったそのクローゼットは、洋服や雑誌、漫画や小説などで埋めつくされていた。


「そろそろ片付けないと、もうしまうところがないぞ……」


 暁はため息交じりにそんな小言を漏らし、途方に暮れていた。


「よし。断捨離するか!」


 そう言って、暁はクローゼットの中のものに手を出す。


 数分後……。


「ああ、これは懐かしいな……」


 そんなことを言いながら、暁は最初に手に取った雑誌を未だに読んでいた。


(また奏多と東京観光に行きたいな)


 暁はそんなことを思いつつ、微笑んでいた。


 そしてそこからさらに時間は流れた。


 暁はアルバムを手に持ち、読みふけっていた。


「これ、去年の夏まつりの時の……楽しかったな」


(キリヤたちは元気にしているだろうか)


 暁は当時のことを思い出しながら、そんなことを不意に思った。


 キリヤも優香も卒業してから一度も施設に顔を出していないだけじゃなく、連絡すらない――。


「まあ、便りがないのは元気な証拠、か……」


 しかし施設にいるとき、あんなに自分を頼ってくれていたキリヤから全く連絡がないのは、少々寂しいなと感じる暁だった。


 俺なんかよりもっと尊敬する先輩でもいるんだろか……俺ももっとがんばらなくちゃな。キリヤに自慢の教師って言ってもらえるように――。


 そう思いながら、「うん、うん」と頷いた暁。そして暁は自分の目的を忘れていたことに気が付く。


「しまった……部屋を片付けるつもりだったのに……」


 そう呟いた暁の視線の先には、ほとんど片づけが進んでいないクローゼットがあった。


「これ、何日かかるんだ……」


 暁は再びため息交じりにそう言った。


 まあ今回ばかりは自業自得だけど――。


 それから暁は真面目にクローゼットの整理を始めたのだった。




 数時間後……。


 クローゼットの中はあらかた片付いていた。


「こんなもんだろ」


 暁は得意げにそう言いながら、クローゼットの中を見つめる。


 そして少し古びた箱が目に入った。


「あ、あれは……」


 暁は懐かしさを感じて、その箱を手に取った。


「まだ残っていたなんてな……」


 その箱のふたを開けた暁は、その中にあるものを見てから、「くすっ」と笑った。


『お兄ちゃん、HAPPY BIRTHDAY!!』


 そう書かれたメッセージカードと兄妹たちで撮影した一枚の写真があった。


「懐かしいな……みんな今どうしているんだろう。母さんは病気が治っているならいいけど」


 そして暁は昔のことを思い出していた。




『お兄ちゃん、明日誕生日でしょ? 何が欲しい? 美鈴みすずがプレゼントしてあげる!』


 妹の美鈴が笑いながら暁にそう言った。


 美鈴は13歳になる暁に何かを贈ろうとしてくれているようだ。11歳なのに、実にできたかわいい妹だと暁はそう思っていた。


『欲しいものか……。美鈴がくれるものなら何でも嬉しいよ。ありがとな、美鈴』


 暁はそう言いながら、美鈴に頭を優しくなでた。


 そして翌日。暁の13歳の誕生日がやってきた。


『お兄ちゃん! 起きて!!』

『ん……どうした、美鈴……』


 暁はそう言って、寝ぼけた目をこすりながら身体を起こす。


『お誕生日おめでとう!』


 美鈴は笑顔でそう告げると、リボンのつけられている小さな箱を暁に差し出した。


『これを美鈴が……?』

『私だけじゃないよ? みんなで準備した!』


 その言葉を聞いた暁はその箱のリボンを解き、その中身を確認する。


 その箱の中には、兄妹たちが作ったお手製のメッセージカードが入っていた。


かける三月みつきはまだ赤ちゃんだから、お兄ちゃんの誕生日なんてわからないかもしれないんだけど、でもカードを渡したら、楽しそうにお兄ちゃんの顔を書いてたよ』


 そう言って楽しそうに笑う美鈴。


『ははは……ほんとだ』


 暁は翔と三月が書いたであろう自分の似顔絵カードを手に取り、嬉しくなって微笑んでいた。


『これが私からで、こっちが蓮二れんじから、それでこれがかえでから』


 美鈴は一枚一枚、誰が書いたものなのかを説明しながらそのカードを出していく。


『ありがとうな……大事にするよ。ずっと……』

『うん!』




 俺は今でも兄妹たちがくれたそのメッセージカードを捨てることもなく、大事にしまい込んでいたんだな――。


「俺が家を出て、7年くらいか……」


 暁はこの7年間、全く家族と連絡を取っていなかった。


 連絡を取る機会はいくらでもあったはずなのに、守ってあげられなかったことへの罪悪感から、連絡を取れずにいたのかもしれない。


「もう一度くらい、みんなに会いたいな……」


 それから暁はその箱をそっと元の位置に戻したのだった。

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