第39話ー⑥ 夜空の下の奇跡

 翌日。真一としおんは、今日も食堂に集まっていた。


「真一、どうだ? 進捗の方は……」


 しおんは心配そうな顔で、真一の方を見ていた。


「……これ」


 真一はそんなしおんを気にせず、小さなノートを取り出し、しおんの前に出す。


「これは?」

「歌詞ノート。昨日、書けたから持ってきた」


 それを聞いたしおんは、椅子を蹴飛ばして急に立ち上がる。


「さすが真一! あの一日で書き切るなんて!! やっぱり真一を選んで正解だったよ!!」


 身を乗り出しながら、しおんはとても嬉しそうにしていた。


「喜ぶなら、まずは中を見てからにしてよ」


 表情を変えず、真一はしおんにそう告げた。


「そうだったな! どれどれ……」


 そしてしおんはノートを手に取り、ページをめくる。


 ポーカーフェイスでそれを見ている真一。しかししおんの反応が気になり、チラチラとしおんの方を見ながら、


 しおんは僕の歌詞を見て、何を思うのだろう――。


 真一はそんな不安を抱いていた。


「……真一」


 しおんはノートから目を離さずに、真一の名を呼ぶ。


(しおんは僕の歌詞にどう思ったのかな……)


 ごくりと唾を飲み込む真一。


「どう、だった?」


 そう言って恐る恐る尋ねる真一。


「これ……やばいぞ! すごくいい!! すごくすごい!! とにかくすごいんだ!!」


 しおんはそう言いながら、真一に詰め寄った。


 その反応からしおんが歌詞を気にいってくれたことを理解し、真一はほっと胸を撫でおろした。



「ちなみに壊滅的な語彙力で感想を言ってもらったわけだけど、具体的にどの辺が良かったのか聞かせてくれない?」


「そうだな……えっと。ここの『この音楽≪キセキ≫に触れて今その音を奏でる』とか。あとは『心を動かす歌≪きみ≫の声』とか! エモいよ! なんでこんな言葉が出てくるんだ! すごいぜ!! 本当に!!」


「そう」



 真一はそっけなくしおんにそう答えつつも、自分の感情を誰かに受け入れてもらえることってあるんだな――と内心ではとても嬉しく思っていた。


 僕は誰かに期待することを諦めていたけれど、もしかしたら音楽を通してならば、また誰かに期待できるかもしれない。こいつなら、しおんと一緒なら……僕は――


 真一はしおんを見ながらそう思っていた。


「そっけないなあ! もっと喜べよ!」


 そう言って、真一の肩に腕を乗せるしおん。


「そういうの、やめてってば」

「はいはい!」


 そして真一はふっと笑う。


 僕としおんもここから始まるんだ。この始まりの歌のように――。


「次はしおんがそれに合った曲を書く番だからね。台無しにしないでよ」

「任せろ! 俺がめちゃくちゃイカした曲を書くぜ!」

「ほどほどに期待して待ってるよ」

「そこはしっかりと期待しておけよ!!」

「じゃあ、僕はこれで……」


 そう言って、真一は立ち上がる。そんな真一を名残惜しそうに見つめるしおん。


「もう少し話そうぜ! 俺は今、そういう気分なんだよー」

「それはしおんが曲を書き終わったらね。まだこの歌は完成じゃないんだから」

「はーい」

「じゃあ」


 そして真一は食堂を後にしたのだった。




 真一から歌詞を受け取ったしおんは、その歌詞からインスピレーションを受け、作曲を終えるのにそう時間はかからなかった。


 そして歌詞が完成した翌日。今日もしおんと真一は食堂にいた。


「これでどうだ?」


 しおんは椅子に座ったまま、作った曲をアコースティックギターで披露する。


「……うん。いいね。これならいける」

「よし!」


 しおんはそう言って小さくガッツポーズをした。


「ようやく……だね」

「ああ。ここが俺たちの始まりだな」

「そうだね。……本当にこのままライブができそうな気がするよ」

「できそうじゃねぇ。やるんだって! さあて。曲もできたし、さっそく先生とライブの打ち合わせを――」


 立ち上がろうとするしおんの腕を真一は掴んだ。


「待って。まだちゃんと合わせてない。だからこの歌は本当の完成じゃないよ」

「そうだったな……焦っちまったよ!」

「はあ。先が思いやられるよ」


 それからしおんと真一は、それぞれの音を確認するように合わせる。


 しおんのギターと真一の歌声。お互いの熱い思いが重なり、2人は手ごたえを感じていた。


「おい! この曲は、やばいぞ真一!」

「それは僕も感じた……」

「やろうぜ、ライブ! きっと俺たちなら、ビッグなロックミュージシャンになれる! そう感じたぜ!!」


 そしてしおんはそれから暁のところを訪ね、ライブの日取りを話し合った。


 ライブは2週間後……。ちょうど夏休みの時期に決まったのだった――。

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